096
ドラゴンクライシスの後一年はフロンテリアにいたが、それ以降はやはりその場にいたくなくて、セフュは世界を巡っていた。
だが、久しぶりに戻って来たフロンテリアは、セフュがこの地を離れた四年前のあの雰囲気を現在まで引き継いだ、嫌な空気に包まれていた。
面倒臭いことに関わるのは御免こうむりたい。ウェストポートシティ経由で久々にバレッジに帰ろうと思っていたのだが、どこからセフュがフロンテリアにいると聞きつけたのか、仕事の依頼がやって来た。
通常であれば断ったかもしれないが、顔見知りとなればそう無下にもできなかった。
「やあジャンヌ、久しぶり」
東区の宿から大きなバックパックを背負って出てきたところ、ジャンヌが屹立していたのだ。
「セフュ、お願いがあるの」
「悪いんだけど僕忙しいんだよね」
「フロンテリアの将来に関わることなの!」
数年前にどこかで似たような台詞を聞いた気がする。なぜこんなにも自分のところに特A級の依頼が舞い込んでくるのか。
切羽詰まったジャンヌの様子に、セフュは内心で大きく溜息をつく。
「おばちゃん、チェックアウトまだで!」
カウンターにいる暇そうな宿主に声掛けして、セフュはくるりと身を翻した。
「とりあえず中に入る?」
部屋に案内して、ちゃぶ台の置かれた畳の部屋に座る。
五年前宿泊していたボロ宿は案の定潰れてしまっていた。その隣にあったのがこの宿屋だ。異文化を取り入れた差別化を図っているから、この宿は潰れずに残っているのだろうとセフュは思っている。
「で、お願いっていうのは?」
「エルクリフさんって憶えてる?」
「えっと……犯罪者収容所で囚人の移送をしてた法務官だっけ?」
「そう。彼がレジスタンスに協力してくれているんだけど、その理由が分からなくて……」
フロンテリアがクローン抗争で、シュタルク率いる政府側と、ジャンヌ率いるレジスタンス側に割れているのは知っていた。
「つまりはエルクリフの身辺調査をしてほしいと」
ジャンヌは首肯する。
「だけど、なんでそれがフロンテリアの将来に関わることなの?」
「エルクリフさんがレジスタンスに協力してくれるのは有難いことよ。だけど、今一信用できないのよね。結局、所属は政府側でしょ? 逆にわたしたちの情報を向こうに提供していて、レジスタンスを潰そうとしていることも考えられる。エルクリフさんの立場如何によって、クローンが開発される世界か、クローン開発が消失する世界かが変わってくると思うの」
「なるほどね……。エルクリフの立場や目的をきちんと把握した上で、SGF鎮圧の策を練りたいってことだね。レジスタンスが勝利する可能性を少しでも高めるために」
「その通り」
「いいけど……、貰うもんはきっちり貰うよ。政府側の人間の身辺調査……、しかも今のジャンヌの話を聞くに、彼の過去も関係してくるだろうから、結構値は張ると思うよ」
「構わないわ」
こうしてセフュはジャンヌの依頼を受けた。
そして今日、ジャンヌに回答する日である。約束の時間に、セフュの部屋に彼女が訪れた。
まずはいつも通り、依頼料を受け取って札束の枚数を数えてから、静かにジャンヌを見据える。
「ジャンヌ……、僕はこの依頼を受けたことで、知らなくていいことまで知ってしまったと少し後悔してるよ」
「どういうこと……?」
セフュが全て情報を提供し終えると、ジャンヌは暫し言葉を失っていた。この情報を活かすも殺すも彼女次第だ。
「一仕事終えたし、僕はそろそろバレッジに帰るよ」
ジャンヌを見送りがてらセフュはそう口にした。
「セフュ、ありがとう。わたし、それでも自分の信念のために頑張ってみるわ」
「頑張って」
ジャンヌの背中が見えなくなるまで、セフュはその場に立っていた。
バレッジに帰る。それは本当だ。だが、見てみたい。この一連の流れの終末を。
「珍しいなー、僕が面倒臭そうなことに自ら関わろうとするなんて」
セフュは微笑を零しながら、一人呟いた。