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レノが培養室から出て行った後もなお、ルカは培養器の中で瞳を閉じるクローンを眺めていた。
五年前、シュタルクにリントのクローンを造る件について問われたとき、ルカはうまく答えることができなかった。きっとそれは今も変わらないだろう。
自分がいかに図々しい人間か、嫌というほど解っている。
本当はクローンに反対だった。クラジーバ研究室が行っていたアリスペル開発のための人体実験を見て、動かなくなった囚人を見て、人の命は一つなのだと実感した。命尽きれば、そこで終わりなのだと。その終わった命を複製という形であれ、復活させることに抵抗があった。
だが、そのクローンの対象がリントだと言われたとき、別の感情が湧き上がった。
リントは自分が殺したようなものだとルカは思っていた。謝罪しても決して許されない罪だと、ルカの心に重く沈下していた。そんな彼女の心の奥底から、悪魔のような考えが生えてきたのだ。
死んだはずのリントが再びこの世に存在する。その事実が、自分の罪を軽減させてくれるような気がした。
嘗てベルーナが、自分が犯した人体実験という罪を消したくて、少しでも楽になりたくて〝人体蘇生術式〟の開発に着手した。それを知った上でルカは昔、同僚のゴルゴンゾーラに言ったのだ。
そんなのはエゴだと。過去の罪をなかったことにしたくて、自分自身を楽にしてあげたくてやっていることなのだと。それは犠牲になった人たちのためではなく、あくまで自分自身のためなのだと。
その時ゴルゴンゾーラから返された言葉の意味が今になってようやく解った。
『正論を並べるだけではどうしようもないこともある』
今がまさにその状況だった。
三年半前、このまま休職を続けていていいのか、ルカが自宅で考えている時だった。珍しく来客があったのだ。ドアを開けてみて、ルカは目を瞠った。
「ゴルさん……!?」
「『ゴルさん』なんて呼ばないで!」
一先ず部屋の中に入れ、お茶を出す。
「どこに行ってたんですか。ベルーナさんが亡くなって、ゴルさ……ゴルゴンゾーラさん急に消えちゃうし。心配してたんですよ一応」
「うん一応ね、ありがとう。ルカちゃん元気そうだね」
「別に普通」
両手で支えたマグカップに口を着けるルカ。そんな彼女を見て、ゴルゴンゾーラは真顔になる。
「今日は現ニートのルカちゃんにお願いがあって来たんだ」
「ニートは余計」
「クローン研究をしているレノ研究室に入ってくれない?」
「レノ研究室……」
よりにもよってクローン研究とは。
リントのクローンが既に製造されたことは、風の便りで聞いていた。
「……ゴルゴンゾーラさんが入ればいいじゃん」
「ちょっと事情があって、俺は入れないんだ」
「事情……」
「そう。詳しくはまだ話せないんだけど、ルカちゃんにとっても悪い話じゃないと思うよ」
ルカはゴルゴンゾーラのこの言葉に乗せられてしまった。
そして今、彼女はレノ研究室に所属している。
この選択が正しかったのかどうか、分からない。だが、少しでも罪滅ぼしになると思ったのだ。
レノとの研究で、クローン開発の知識は習得した。しかし、最近では作業が多いため、ほとんど研究に時間が割けていない。
「このままじゃ、ドラゴンが造れない……」
ルカは拳に力を込め、唇をきゅっと噛んだ。