093
第一研究所の花形はアリスペル開発だったが、今ではクローン研究に取って代わっている。
人体実験の事実が明らかになってから、アリスペルの研究は完全に下火となり、今ではアリスペルリングの精度向上など、微々たる成果しか報告されていない。
薄暗い培養室で、レノは遺伝子の抽出作業を行っていた。だが、ふと目を上げると、そこに相棒の姿はなかった。
「おいルカ、サボるなよ」
加速成長培養器の中に浸かっているクローンを眺めるルカの隣に行く。
五年前、ベルーナ研究室がなくなり、ルカは一時休職していた。復帰したのはその一年半後。
てっきり他のアリスペル研究室に戻るのかと思っていたが、なぜだか彼女はレノ研究室に入って来た。理由を訊いたことはないが、あんなことがあって今後アリスペルに関わりたくなかったのだろうとレノは勝手に思っている。ルカは優秀な研究官であり、今ではレノの片腕となっている。
そんな彼女がぼんやりとして溜息をつく。
「ボクたちのやってることは正しいのかな……」
「さあな」
「レノは迷ったことない?」
「ないな。俺は自分のしたい研究をしてるだけだからな」
そう言いつつ、五年前のアドラ=ドラスキーを思い出す。あいつは結局オリジナルだったのかクローンだったのか。自分が今研究している内容がそれを生み出したのだと思うと、背筋に走るものがあった。
だからこそ考えないようにした。クローンの先にある、人の感情や彼らが起こす事件を。
「ボクたちが造ってるクローンは人間ばっかり」
「まあ依頼がそうだからな。けど、ペットだってそこそこ依頼きてるじゃねぇか」
一年に作られるクローンの数には限りがある。だからこそドラゴンクライシスで犠牲となった人たちの依頼がまだ絶えない。ペットの依頼もあるにはあるが、順番からいってまだ先になってしまうだろう。
依頼が多いが故に、研究自体が疎かになってしまっている現状がある。どうにかしたくても、人手が足りず、難しい。
「なんでそんなこと訊くんだよ」
「別に……」
「そんなくだらないこと考えてないで、手動かせ、手!」
研究に戻ろうとしたところで、口に銜えていた棒キャンディーがなくなった。集中するには糖分が必要だ。
「飴きれちまったから、ちょっと買ってくるわ。サボんなよ?」
白衣を脱いで研究所を出たレノは、研究所を囲むように配備された守衛官たちに軽く頭を下げる。
クローン反対派の人間が、研究所を襲う可能性は充分に考えられる。そのため、二十四時間体制で守衛官たちが張り付いているのだ。
それを見て、自分は襲われる対象なのだと、レノはいつも再認識するのだ。
「ん?」
レノ御用達の今にも潰れそうなボロい駄菓子屋へ向かう途中だった。レノは視界に映った人物に思わず立ち止まる。
ノンフレームのメガネ、アップにした髪、きつそうな顔立ち。白のブラウスにタイトスカートを穿いているが、白衣を着ればいつも目にしていたあの人そのままの姿。
「まさかな……」
レノは無意識に独りごちる。
「生きてるなんて聞いてねぇぞ」




