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「遅い! 監察官長を待たせるなんて、随分と偉くなったじゃん。十分の遅刻なんだけど」
「いや、八分……」
「何か言った?」
「いえなんにも……」
「八分も十分も一緒でしょ」
「聞こえてんじゃねーか!」
「口の利き方!」
「……すんません」
「それに八分でも遅刻は遅刻! 言い訳してるところを見ると、あまり悪いと思ってないみたいだね」
アリアは腕を組んだまま、遅刻してきたシュタルクを睨みつける。
「で、用ってなんですか?」
シュタルクが監察官長の部屋のソファに腰を下ろす。
彼の目の前にはローテーブルがあり、その上には紅茶の入ったティーカップが置かれていた。
「冷めちゃったじゃん……」
「え?」
ぽつりと呟いたアリアの台詞に、シュタルクは聞こえなかったのか聞き返す。
シュタルクの前に置いてある紅茶は、時間通りに来ると思ってアリアが用意したものだ。だが、もうぬるくなってしまっていた。
アリアはティーカップを一瞥する。
「……で、どうなの? SGFの方は」
「ああ、そっちなら大丈夫ですよ。いつも通り、うまくやってます」
「リントくん、元気?」
「元気です。毎日一緒になって訓練受けてて。まだアリスペルの扱いには苦労しているみたいですけど」
「クローンの製造って、まだやってるんだよね?」
「そうですね。世界中から希望者殺到なんで。ただ、まだ一年間で作成できる個体数に限界があるので、スピード自体は進歩してないような気がしますね」
「そう……」
アリアはそこで一度区切り、目を伏せた。
「リントくんは自分がクローンだってこと、まだ知らないの?」
暫し沈黙が流れる。それが答えだった。
「まあ、知らなくてもいいことですからね。……用っていうのは、そのことですか?」
「うん……。それと最近あんまり監察省に顔出さないから」
「ちょうど今SGFの方が忙しいんで、落ち着いたらちゃんと監察官としての仕事もしますよ。それじゃ次の予定が詰まってるんで、ここで失礼します」
シュタルクは用意された紅茶に口をつけることもせず、監察官長の部屋から出て行った。
「はあ……」
大きく溜息をつくアリア。ソファから席に戻り、電話を手に取る。
「監察官長のアリア=リズリードです。研究官長のノエル様はいらしゃいますか?」