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政府は、クローン賛成派の市民たちに押し切られて、事実上クローン製造を肯定している。ただし、製造するクローンは既に死亡している人間のものに限り、クローンがオリジナルを殺害するという悲劇を防止している。
政府が肯定してくれたおかげで、政府側である監察官のシュタルクは動きやすかった。
クローン研究をしていたガザリー研究所に話を持って行くと、とんとん拍子に話が進んだ。費用のことが一番心配だったが、なぜだか政府が負担してくれることになり、シュタルクとしてはこんなに有難いことはなかった。
リントが亡くなって一年三ヶ月で、シュタルクはリントのクローンと対面した。加速成長の培養器を使って十五歳まで成長させ、彼が持っていたと思われるシルファを除く記憶を暗示で植え込んだ個体だ。
「シュタルク……?」
研究所のベッドに横になっていたクローンが眼を開けてそう言ったとき、シュタルクの瞳から涙が止め処なく溢れた。
それはまさに、リントだった。
上体を起こしたリントを思わずシュタルクは抱き締める。
「リント、ごめん……ごめんな……」
「どうして泣いてるの? なんで謝るの?」
「もう二度とリントに悲しい思いなんてさせねぇから……!」
「オレ、みんなと一緒にいるから、別に悲しくないよ」
「そうだな」
シュタルクは涙を拭い、笑顔を見せた。
「これからはリントがやりたいこと、沢山やろうぜ!」
一緒にアリスペルを学んでみたり、遊園地で思いっきり遊んでみたりした。
だが、そんな時間が長く続くわけがないと、シュタルクも分かっていた。
世の中にはクローン賛成派の人間だけではない。ジャンヌのように反対派の人間もいるのだ。
彼女のような反対派ならまだいい。中には、金銭的理由でクローンが作れないために、クローンを作ることができる裕福な人間を疎んで反対派に回っている者もいる。彼らの行動に多いのは、妬みからクローンやクローン製造の依頼者を襲うことだ。
そういった事件が日常茶飯事となり、政府は遂に彼らの鎮圧に動き出した。そして結成されたのが、各省からエリートが集められ発足した政府の特殊部隊SGFだ。シュタルクはその部隊のトップとして活動している。
SGFが発足して半年後、レジスタンスが発足した。クローン製造の反対、クローン技術開発の停止を求めていたが、要求を聞き入れない政府に対して、武力で対抗すべく立ち上がった組織だ。
レジスタンスの長は、なんの皮肉か、ジャンヌが務めている。
レジスタンスが出来て良かったのは、対象が個人から政府に移ったことだ。これでクローン賛成派の市民が傷つけられることはなくなった。ジャンヌが取り纏めている組織だ。きっと統制の取れた優秀な組織なのだろう。
二大勢力の抗争は二年半前から始まり、未だ決着は着いていない。折角復興したフロンテリアも、決して治安がいいとは言えない大都市となってしまった。
シュタルクは、くっついて来ていたリントと別れ、本部最上階にあるエルクリフの部屋へと向かった。SGFのトップはシュタルクだが、各省との調整や報告等、SGFの対外的活動は彼に一任している。
「エルクリフさん、失礼します」
シュタルクはノックして部屋に入ると、持っていた資料を彼に手渡した。
「研究にお金がかかるのは分かってるんですけど、それにしても研究所に費用流れ過ぎじゃないですか? ウチも訓練とか、最新のアリスペルリングの購入とか、金が必要なんですよ。もっとどうにかなりませんかね?」
「シュタルクくん、君の言いたいことはよく分かるよ。プロフェッショナル育成にはお金がかかるものだ。だがね、研究を止めてしまったら、それこそ時代の停滞なのだよ。文明は常に進歩していかなければならない。研究し、進歩した分だけ、SGFはその力を使うことができる。違うかい?」
「金をかけて研究し、成果が出れば、その恩恵は直接SGFに流れてくると?」
「その通りだ。大丈夫。君が早くケリをつけたいのは分かっている。私も早くこの抗争を終わらせ、穏やかな日常に戻ってほしいと思っている。研究の費用をキープしつつ、SGFにも資金を回してもらえるよう取り合ってみよう」
「お願いします」
シュタルクは一礼し、エルクリフの部屋を後にした。そして腕時計に目をやる。
「やべぇ……、約束の時間まで十分しかねぇ……」
シュタルクは駆けって監察省へ向かった。