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「リントのクローンを作る」
リントの死を受け入れたくなくて、ついに口を衝いて出てしまったシュタルクの言葉。すぐに反応できた者はいなかった。
「だめよ……」
暫く続いた重い沈黙を破ったのはジャンヌの掠れた声。
「リントは死んだのよ。クローンを作ってもそれはリントじゃない。それに、クローンの作成はリントの存在そのものを否定することだわ。彼の存在をわたしたちが勝手に複製させるなんてこと、許されるわけない。それに、クローンだってリントの代わりをさせるなんて可哀相よ」
「許されるとか許されねぇとか、そんなことを聞きたいんじゃない。ジャンヌはどうしたいんだよ! リントにもう一度会いたくねぇのかよ! まだ言いたいこと沢山あるんじゃねぇのかよ!」
「あるわよ! 沢山沢山あるわよ! でもクローンはリントじゃない! リントは戻って来ないの! 死んだ者は生き返らないわ。それは〝人体蘇生術式〟を発動させたベルーナさんが証明してくれたことよ」
「じゃあ、あくまでジャンヌは、リントの遺伝情報と全く同じでも、そいつをリントだと認めねーってことだな?」
「そうよ」
「おれは、リントが大好きだ。たとえ別の個体だとしても、リントと同じ遺伝情報なんだったら、それはもうリントだ! おれたちが昔みたいに接したら、リントも昔と同じような返しをしてくれる。そういう期待をしちまうんだよ。それに、リントが生きてしたかったことをクローンを通じてやらせてやりてぇ。まだ十四で孤独なまま死んでいったリントに、世界はこんなに広いんだと、お前は独りじゃないんだと、おれはあいつに教えてやりてぇんだよ……!」
「……それでもだめなものはだめよ」
頑ななジャンヌに、シュタルクは拳を握りしめ、唇を噛み締める。
彼女の言っていることも勿論理解できていた。だが、そんな道徳的なことで、シュタルクの心が納得するはずもなかった。きっと何を言われても、彼女の意見を受け入れることなどできなかっただろう。
「セフュとルカはどうなんだよ」
話を振られた二人はお互い顔を見合わせる。先に口を開いたのはセフュだった。
「僕はどっちの意見も否定する気はないよ」
「どういうことだよ」
「二人の言ってることはどっちも理解できるってこと」
「そういうことじゃなくて、セフュはどうしたいんだよ」
「僕は中立の立場を取らせてもらうよ。意見を提示することは控えさせてもらう」
「どうして」
「それが僕のスタンスだから」
いつもながらに飄々としているセフュに、シュタルクは奥歯を噛む。セフュがこう言っている以上、彼に何を言っても、自分の意見を言うことはないだろう。
「ルカは?」
「ボクは……」
逡巡しているルカは、そこで言葉が途切れてしまった。
そして暫くして出てきた言葉は、実に頼りないものだった。
「分からない」
「分からない?」
「分からないよ、急にそんなこと言われても……」
きっとルカは本当は分からないんじゃない。心と頭が別のことを言っていて、決めかねているだけだ。シュタルクと同じようにクローンを作りたいという心があるのに、ジャンヌの言うように作ってはいけないという頭が働いているだけなのだと、シュタルクは思った。
「みんなの考えはよく分かった」
シュタルクはそこで一度軽く息を吐く。
「おれは一人でリントのクローン製造に動く」
「ちょっとシュタルク!」
「ジャンヌ、阻止したいなら阻止すればいい。どっちが先手を打てるか、だな」
このやり取りを最後に、四人で集まることはなくなった。