083
リントは夢を見ていた。
遠い昔の出来事。シルドラ族がこの世界から消えてしまった過去。
ああ、思い出した。オレはあの時、お母さんの手を掴むことができなかったんだ。
涙が頬を流れる。記憶が蘇ると、手に伝わったゲートの冷たい感覚も同時に蘇った。
ちゃんと〝時空移動〟できたのかな……? みんな今も無事に生きてるかな……?
会いたい。
涙が止め処なく零れる。
お母さんにも、お父さんにも、村のみんなにも、どこに飛ばされたかも分からないシープドッグのバウンにも、牧草地に置いて来てしまった羊たちにも。
会いたいよ……!
涙で歪んだ視界。そこに映った色の大半は、赤と黒だった。
リントは涙を拭う。
ここはどこ? どうしてこんな高い位置にいるんだろう?
随分と上から街を見下ろしている。しかもその街は赤々と燃え、黒い煙が幾つも立ち上り、人々の視線が自分に向いていた。彼らの表情には恐怖の色が浮かんでいる。
訳が分からないリントは、一歩踏み出してみる。するとドシンッと大きな音が響き、地面が揺れた気がした。
リントは不思議に思い、体に異変が起きているのかと自分の両手を目の前に持ってきた。
――――――――っ!?
息が詰まり、瞳孔が大きすぎるほど拡張する。
視界に映ったのは、長く鋭い爪を持つ、骨ばった白銀の手。確実に自分のものではない。これは――
ドラゴンの前足……!
リントは混乱し、狼狽える。
シルファ! ねえシルファ! どこにいるの!?
リントは必死に叫んだ。だが鼓膜に響いたのは、リントの声ではなかった。
「キーッ キーッ キャーッ」
今の……何?
リントは更に混乱する。心臓が壊れるのではないかと思うほど速く脈打っている。
シルファ! 出て来てよ! 今はかくれんぼなんてしてる場合じゃないんだ!
「キーッ キャーッ ギャーッ」
リントの瞳からは再び涙が溢れていた。
何が起こっているのか、どうすればいいのか、全てが分からない。苛立ちと虚無感と悲しみがリントを苛む。
瞳をきつく閉じる。
こんなことは初めてだった。
みんながフロンテリアに旅立ってしまうとき、五人を繋ぎ留めたい一心で約束を交わした。フロンテリアに行けるかもしれないと分かったとき、勝ったことのないカードゲームでも怯まず挑戦した。自分が思い描く未来のために、自分に出来る最大限の努力をしてきたつもりだった。
だけど今、どうしていいのかさえ分からない。