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その日の間に父親の指示の下、戦闘部隊が編制され、島全体が緊迫した雰囲気に包まれた。また鋼鉄の鳥がやって来たらすぐに撃ち落せるように、隊員たちは町に待機していた。
隊員といっても、いつもは物品を提供する一般人だ。ドラゴンの扱いにより長けている者を隊長に据え、三人一組の小隊を編成する。小隊は、レスカ、グレン、ライラの三部隊のいずれかに所属し、彼らの戦闘方針の下動く。
基本的に若い男たちが招集され、その他は志願者で成り立っている。入隊しない者は通常通り生活に必要なものを提供し、島の人々を支えることとなった。
あの鋼鉄の鳥がやって来てから一週間が経ったが、まだなんの動きもない。このまま何も起きないのではないかと思う者もいたが、油断禁物と戦闘部隊は日々実戦に向けての訓練を行っていた。
リントは父親の帰らぬ家で頬杖を突きながら、窓の外を眺めていた。藍色に塗り尽くされた空に散りばめられた幾つもの星々。見慣れていた景色のはずなのに、どこか遠い世界のことのように感じた。
この島は昼は暖かいが、夜は冷える。暖炉の前で気持ちよさそうに眠るバウン。机の上で食い意地を張ってスープの入ったリントのマグカップに口を着けようと試行錯誤するシルファ。そのなんでもない光景が、リントの不安を煽る。
「ねえお母さん……、この島どうなっちゃうのかな?」
バウンの横でロッキングチェアに腰掛けながら編み物をしている母親に、訊いても答えが出なさそうな質問を投げかける。
母親は軽く吐息を漏らしてから、編む手を止めて膝に置いた。
「お母さんも分からないわ。でも大丈夫。きっとお父さんがなんとかしてくれるから」
にっこりと優しく微笑まれると、さっきまでの不安が消え去るような気がした。リントは安堵し、母親に自分も笑顔を返そうと口元を緩ませる。しかし、それは完全な笑みを形成する前に動かなくなった。鼓動がジワリジワリと体を侵食するように大きくなり、瞳が揺れ動く。
あの音だ。
鋼鉄の鳥がやって来た時と同じ、不快音が僅かに鼓膜を振動させる。微かにしか聞こえないその音は、しかし存在感は大きく、脳内に冷たい機械音を響かせる。
「明かりを消して!」
母親が叫び、リントは家の中を照らす複数の蝋燭の火に息を吹きかけた。暖炉の火は母親が消し、室内に暗闇と静寂が降りた。
窓越しに、じっと上空を見上げる。徐々に不快音が大きくなる。こちらに近づいている証拠だ。窓の視界は狭いため外の動きを完全に把握することはできないが、それでも必死に覗き込む。母親が背後からリントを腕で抱き、背中からは温かな体温が僅かに凍った心を溶かす。
数分後、月光に反射して輝く白い閃光が空を横切るのを目撃した。リントは口の中に溜まっていた唾液をゴクンと飲み下す。
「あ、リント!」
柔らかな腕からすり抜け、リントは一目散に扉に駆け出した。そのままドアノブを捻り、外に出る。冷ややかな風が全身を駆け抜けた。
「あれは……!」
月夜に煌めく白銀のドラゴン。おそらく相手にしている小隊は二つ。ドラゴンたちが上空で素早く動き回り、火炎を吹き出し、氷の息を吐き出し、戦っている。木の葉が邪魔してよくは見えないが、まだ鋼鉄の鳥は島まで入って来ていなさそうだ。
オレンジ色の光の筋が空に浮き出ては消えている。ドラゴンたちの力ではない。きっと敵の鳥は、爆弾以外にレーザーを発射できるのだ。
派手な爆発音が聞こえ、鋼鉄の鳥が瓦解しながら火を噴いて落下していく。島に向かっていた六機は到達する前に殲滅させられ、海の藻屑と化した。一匹のドラゴンが傷を負ったが、初戦はシルドラ族が勝利を収めることとなり、島の者は安堵し、喜び合った。
しかし、それはほんの僅かな時間だった。翌日の夜には、どれだけの予算をかけているのかと思うほどの鳥たちが四方八方から島を攻めに来たのだ。
その日はひどい雨で、全身びしょ濡れになり、視界も悪い中での戦闘となった。
ここからシルドラ族が追いやられるのは早かった。
ほぼ全ての小隊が、島を、大切な人たちを守るために、空に飛び立つ。
その姿をリントは家の外からじっと見守っていた。母親は何度も止めたが、島のみんなが戦っているのに何もできない、役立たずの自分が歯がゆかった。だからせめて、彼らの勇姿を瞳に焼き付けておこうと思ったのだ。
戦闘は激しさを極め、凄惨の一途を辿った。
面積が広い分標的にしやすいドラゴンの体を狙って撃ち落し、主諸共海へ送るというのが多かった。だが中には、死んでいるにも拘らず、ドラゴンの背からずるりと真っ逆さまに落ちる主の体を救おうと急降下するドラゴンを狙い、撃ち落とす鳥もいた。ドラゴンは悲鳴を上げながら巨体を海に打ちつけ、津波のように大きな波が立たせて主とともに沈んでいく。コバルトブルーをしていたはずの海が徐々に濁っていく。
リントの拳は強く握られ、歯は軋むほど強く食い縛られる。瞳から溢れ出る涙を止めることはできない。
惨いなんて言葉では表現しきれないくらいの惨状。ドラゴンたちの叫び声が痛々しいほど響いてくる。その声が多ければ多いほど、こちらが劣勢に立たされていることを示していた。




