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町に上がっていた炎は既に鎮火していた。ドラゴンたちの吐く凍えるように冷たい息で対処したのだろう。幸い死亡者もいなさそうだ。
黒く焼け焦げた跡が残る家々。炭になった屋根の一部が剥がれ、町唯一の大通りを遮る。
町はこの島の中心にある、物を提供する市場のような場所だった。勿論そこに居を構えている民も多く、ここが狙われたのはそういった理由なのだろう。
リントのように先ほどの出来事を見ていた人も続々と集まって来たからだろう、この辺りは人でごった返していた。彼らの額には脂汗が滲み、悲愴な顔つきをしている者が多い。
一際人が集まる小屋に、リントは大人たちの脚の間をなんとか潜り抜け、辿り着いた。そこは父親が勤める町役場。今では〝本部〟という名に置き換わり、シルドラ族が今後どのように行動するかが真剣に議論される場となっていた。
「奴らがまた来たらどうする! 今度はこんなもんでは済まぬかもしれんぞ!」
威勢のいいおじいさんが、歯が何本か抜けた口から唾を飛ばしながら、興奮気味に話す。
「確かにそうね。和議を結ぶ道もあるだろうけど、なんの知らせもなく突然島を攻撃してきた奴らがそんなことを望むはずないし、仮に和議を結ぶことになったとしても、奴らの言うこと。信用はできない」
ワンレンの長い髪を耳に掛けながら、若い女が老人の隣で苦々しく呟く。
二人は、さっきの鋼鉄の鳥を父親と一緒に撃ち落した、凄腕のドラゴン使いだ。老人の名はグレン、若い女の名はライラだ。彼らはこの島で暮らす者で知らぬ者はいないほどの有名人。ドラゴンの扱いに長け、言葉を介さなくても意思疎通ができるほどの強者。今まで実戦はなかったが、それでも一たび戦が始まれば戦況を冷静に把握し対処できるだけの器量を備えている人物たちである。
その強者二人の視線が椅子に座る一人の男に集まった。名はレスカ。三十代半ばほどで落ち着いた雰囲気がある。彼はリントの父親だった。
レスカは閉じていた瞳を開き、組んでいた腕を解いて立ち上がる。
「最優先事項は、シルドラ族全員の生存。そのためには、殺られる前に殺るしかない。相手は多分先ほどと同じような、我々が見たこともない巨大な鳥に乗ってやって来るだろう。だが、あの鳥は標的の頭上に来て、卵のような爆発物を落とさなくては攻撃できない。つまり、あの鳥が島の上空を飛ぶよりも先に撃ち落せばいい」
逼迫した空気、鬼気迫る表情。鋭い瞳、鋭利な言葉がこの状況を切り裂く。とても家にいるときの柔和な父親とは思えなかった。リントは表情を歪めながら、父親の元に駆け寄ろうとした。動かずにはいられなかったのだ。
だが、レスカの元へ動こうとするリントの小さな細い腕を背後から捉えた者がいた。リントは左腕に走った衝撃に、素早く体を捻る。
「あ……」
目を見開いた。視界に映ったのは、心配と安堵が混ざったような複雑な表情を浮かべる母親だった。頬や腕が炭に塗れている。彼女はリントの腕を力強く引っ張ると、自分の胸へ引き寄せ、息子の体を強く抱きしめた。
「良かった、無事で……」
今にも泣き崩れそうな母親の腕の中で、リントは自分の頬を生温かいものが伝うのを感じた。
こんな母親見たことがなかった。平和で穏やかで、安寧を絵に描いたような生活を送っていたはずなのに、鋼鉄の鳥のせいで一瞬にして状況が暗転した。母親が町で何を見、何を経験したかは定かではない。だが、煤に汚れた体と弱々しい姿はリントの心に悔しさと怒りを落とすには充分だった。