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ワールド・フラグメント  作者:
第八章 シルドラ族
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 シルドラ族は気性が穏やかな民族だった。自然をこよなく愛し、賢く、神から遣わされたドラゴンと共生する民。それは、人類の中でも火を見るより明らかなほど、神に寵愛され、特別扱いを受けた人種だった。


 シルドラ族に関する書籍は幾つも世に出回り、彼らは世界の外れの小さな島に住んでいたにも拘らず、広く一般に知られていた。


 尽きない魔法量を使い、自然を操る。まるで人間ではない。人型をしているものの、〝魔導士〟という、人間とは全く別の種別の生き物であると認識している者もいた。


 きっとシルドラ族を恐れたのは、そういう人間だったのだろう。


 シルドラ族は自然の中で生きる民。だから、物理法則から人間が作り出した〝科学〟というものとは全く関係のない世界にいた。さすがに他国から調査団が派遣されて来ることもあったため、自分たちの島以外にも世界があるということくらい知っていたのだろうが、それでも他国の状況や政治制度などは知らなかったに違いない。


〝人間〟たちはシルドラ族を恐れ、また嫉妬していた。いつか自分たちの住む世界を、想像を絶する力で薙ぎ払い、〝魔導士〟たちが世界を統べる者として君臨するのではないか、と。


 小さな民族一つくらい、この世界から消えても支障ない。異質なものは排除しておいた方が安全である。


 いつからかそのような思考が蔓延し、ついにそれが実行に移される時が来た。世界がたった一つの小さな民族を殲滅せんと協力し、立ち上がった。


 それが、今生きる世界を大きく改編した出来事の始まりである。






 島は一日もあれば一周できてしまうくらいの小さなものだった。肥沃な土地に恵まれ、作物はよく育ち、海流の影響で海の幸にも困らなかった。


 白い雲が浮かぶ青空、足元に広がる草原。


「リント、そろそろ羊たちを移動させる時期よ」


 部屋が三つくらいしかない小さな木造の平屋でスープを啜っていると、エプロン姿の母親が窓の外の牧草地を眺めた。


「解ってる。ちょうど今日、バウンに移動を手伝ってもらおうと思ってたんだ」


 まだ六歳のリントは、横で大人しくお座りをしているシープドッグの頭を小さな手で撫でた。シルファはテーブルの上で小さなお皿に注がれたスープをピチャピチャと音を立てながら、一生懸命飲んでいる。


「解ってるならいいんだけどね。お母さん、これから卵貰いに町の方まで行ってくるから、ちゃんと移動させておくのよ」


 白銀の髪をゆったりと横で結んだ母親は、シルファの頭を人差し指で優しく撫でてから、木の枝で編まれた籠を持って家を出て行った。


「さて、オレもさっさと仕事済ませちゃうか!」


 リントの声に反応し、スープを飲み終えてお腹の大きくなったシルファが頭に乗る。シープドッグのバウンは、リントと同時に立ち上がった。


 リントの家は羊の毛で衣服を作って提供している。この島ではお金という概念は存在しない。卵を提供する家もあれば、ミルクを提供する家もあるし、木の実を提供する家もある。お互い助け合って共存する。シルドラ族は、それが可能な民族だった。


 牧草地の草が食べ尽くされないように羊を移動させる。それがリントの今日の仕事だった。


 親指と人差し指で輪を作り、それを口に銜えて息を吐く。口笛の音に反応して、バウンが尻尾を振りながら羊たちに近寄り、お尻の方からバウワウと声をかける。すると不思議なことに、羊たちはほとんど茶色くなった牧草地から緑豊かなそれへ一列に移動していくのだ。


 全ての羊がきちんと移動するように、道から外れようとした羊には容赦なく吠えて正す。野を駆け回り、休憩なしに移動させる。


 白、黒、茶色の毛が混じるバウンは本当に賢く、本当に働き者である。無事羊たちを移動させ終わると、尻尾を高速回転させながら嬉しそうにリントの元に戻って来た。


「よーし、いい子だね。お疲れ様」


 しゃがみ、頭と顎を両手で撫でてやる。するとバウンは気持ちよさそうに鼻を鳴らすのだ。


 穏やかな風で木の葉が揺れる音が鼓膜から爽やかさを伝える。それはいつもと変わらなかった。


 だが、バウンを撫でるリントの動きがピタリと止まった。爽快な音に、僅かだが異質なものが混じっている。今まで聞いたこともない音。ゴゴゴゴという不快音。


 シルドラ族は視力も聴覚も嗅覚も、五感全てが他の人類より優れている。幼いリントは眉根を寄せた。彼は勿論外の世界なんて知らない。


 音の正体は数分後に明らかになった。初めて見る鳥型の巨大な物体。激しく耳触りな音を巻き散らし、大きな影を島に落としながら移動している。


 リントはそれが頭上を進むのを茫然と眺めていた。三機が整列して空に浮かぶ。


 ナニアレ?


 なぜだか悪寒が体を駆け抜ける。嫌な感覚だけがリントの体に滞留する。


 その鋭い感覚は、僅か数秒の内に正しいことだと証明されてしまった。


 鳥型の物体は、町の上空辺りで細長くて大きい物体を産み落とした。一つではない。十くらいは落とされたように見えた。


 それが地に着くくらいの短い時間の後、言葉では表現できないような轟音が耳を劈いた。


 町の方は薄らと赤くなり、灰色の煙が立ち上る。リントは呼吸するのも忘れ、ただそれを瞬きもせず、じっと見つめていた。何が起きているのか、小さい頭では理解できなかった。


 だがそれはその後も続く。今度は、島にやって来ていた三機の鳥型の物体が、これまた轟音を響かせ、瞬時に爆発したのだ。鉄の破片が残滓を漂わせて地に落ちていく。近くの空に目をやると、そこには白銀の大きなドラゴンが三体いた。それぞれの背中には主が乗って、手綱を握っている。


「お父さん!」


 そのうちの一人はリントの父親だった。彼はこの島を統括するリーダーのような仕事をしており、人望も厚く、尊敬できる人物だった。


「シルファ、行くよ!」


 掛け声に合わせて、シルファが頭から離れ、浮遊する。


「白き神の使いよ、汝真の姿を我に示せ」


 リントとシルファの体が光に包まれ、小さかったシルファの体は見る見るうちに大きくなり、体長二十メートルほどの立派なドラゴンに変化した。


 リントはシルファに跨り、バウンを一瞥する。


「ちょっと待っててね、すぐに戻って来るから。羊たちを宜しく頼むよ」


 バウンは一吠えだけして、凄いスピードで小さくなる主人の背中を見送った。

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