068
クリスタルリングに向かって走り出したセフュ。だが、シルファが付いて来ている気配がないし、さっきの面倒臭いエセ工事整理員が追いかけて来ないのもおかしい。
気になって、一度だけ首を捻って後ろを確認する。そして、セフュの足が止まった。
「シルファ……!?」
セフュは見たことがあった。昔一度だけ。シルファの本来の姿を。尻尾も翼も大きく強そうで、しかしルビーのような瞳は優美で上品。子供の頃は、その姿に感動したものだ。
だが今セフュの視界に映るシルファは、昔見たときより明らかに大きく、気品はどこにも備わっておらず、獰猛な一匹の生物だった。息は荒く、瞳は濁った紫。
脳の処理スピードが追いつかず、セフュはただその場で愕然とするだけだった。
シルファは骨ばった大きな翼で中央区方面へ飛んで行く。
ようやくそこで我に返ったセフュは、腰を抜かしているゴルゴンゾーラを放置し、クリスタルリングへ急いだ。シルファを止められるのはリントしかいない。そのリントがこの先にいるかもしれないのだ。
雨風に晒されながら、それでもセフュは疾駆する足を緩めない。全身に刺さる雨は冷たく、強く吹く風はセフュを排除するかの如くだった。
そうして到着したセフュの瞳に映ったのは、なんとも凄惨な光景だった。
「何これ……」
暗雲がピカッと光り、雷鳴が轟く。
クリスタルリングの内側に描かれた魔法円が青白く浮かび上がる。その向こう側にいるのは何かのケースの中で苦しそうに絶叫を続けるリント。その隣にいるのはノンフレームのメガネをかけた女性。一番セフュの近くにいて、崩れるように地べたに座り込んでいるのは――。
「ルカ!?」
セフュが彼女に駆け寄り、肩を抱く。
「なんなんだよこれ!? 早く助けないとリントが!」
叫び声に反応し、ルカが僅かに上を向く。瞳は虚ろで無表情。そんな彼女が小さく口を開く。
「ごめんなさい……」
ルカの瞳は乾燥していた。