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「この道は工事中のため封鎖しております。通行はご遠慮下さい」
知り合いの伝手で借りたヘルメットと制服を身に付け、その上にレインコートを着ながら、ゴルゴンゾーラは腕を回して迂回を促す。
自分が封鎖する先にあるのはクリスタルリング。そろそろ発動するはずの〝人体蘇生術式〟を邪魔されるわけにいかない。
先ほど悶え苦しむ絶叫がぼんやりと聞こえてきて驚いたが、雨が激しく降ってきたから大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。
「僕、どうしてもこの先に用があるから通りたいんだよね。だからそこ退いて?」
ぐっしょりと汚れたスニーカー、レンズが曇った黒縁メガネ、雨が滴り続ける茶髪。傘を差さず、ずぶ濡れになった自由人の雰囲気を纏う若い男がゴルゴンゾーラに突っかかってきた。
工事中だって言ってるのに! 何も言わずに引き下がってよ!
面倒だなと思いつつも、ゴルゴンゾーラは彼の雰囲気と強気な発言に負けじと言い張る。
「申し訳ありません。工事は本日一日となっておりますので、明日またお越し下さい」
「工事って嘘でしょ。どこにもそんな情報書いてなかったし、聞いたところ工事してる音も聞こえないし。お兄さん何隠してんの」
ゴルゴンゾーラは笑みを引きつらせながら、メガネを拭いて余裕を見せる目の前の少年の対処に努める。雨音に負けないように声を張り上げる。
「地盤を確かめるための地下工事なんです! だから音が響いてないだけですよ!」
「地盤の強度を確かめるためだったら、地下工事なんて言わなくない? それって工事じゃないじゃん。工事はまた別日程で組まれてんの? それにこの土砂降りの中、まだその工事って続いてんの?」
ゴルゴンゾーラの顔から笑顔が徐々に抜け落ちていく。いちいちうるさい子だな、と思いながらも歪んだ笑みを顔に貼り付ける。
「失礼致しました。語彙の選択ミスです。今日は工事ではありません。調査のために――」
ゴルゴンゾーラは台詞を中断して空を見上げた。少年が自分からそちらに目を向け、その瞳に困惑と狼狽の色を宿していたから。
「え、ちょっと、シルファ!?」
少年の視線の先を追い、ゴルゴンゾーラは息を呑んだ。ルカが取り逃がした白銀のドラゴン。空中を舞っていたその生物が今、小さな体を丸め、息苦しそうに声を上げている。
「どうした!?」
ゴルゴンゾーラに構わず心配の声をかけ続ける少年。
だがそれから数秒後、誰もが予想し得ない事態が二人を襲った。
ゴルゴンゾーラの背後、クリスタルリングから眩い青い光の筋が五本、天を貫かんばかりに放出し、すぐにそれは姿を消した。代わりにクリスタルリング付近一帯が先ほどと同じ色の光にぼんやりと包まれる。
ただ事ではないと察したのだろう。少年はゴルゴンゾーラを体当たりの要領で突き飛ばし、クリスタルリングへと疾走する。
「あ、ちょっと!」
クリスタルリングに行かれては困る。ゴルゴンゾーラは少年を追いかけようと手を伸ばしたが、視界の端に映ったとんでもない光景に、彼は言葉を失い、腰を抜かした。