063
アリアがアドラを一瞥してから、その隣のエルクリフに目をやる。
「見たところ、手錠しているのは囚人。では彼を連れて来たあなたは犯罪者収容所の人間ということになるかしら。なんのために連れて来たのか、教えていただけますか」
彼女は解っている。その要素を。
エルクリフはクラジーバを敢えて見ないようにし、後ろめたさを前面に出して、言いづらそうに返答する。
「……クラジーバさんに頼まれました。囚人を人体実験に使用するから移送しろと……」
そう、今彼が発言したその内容こそが残りの要素。クラジーバが主動したという証言。どうして今のような状況が起こっているのかの説明。
「違う! 昨日そいつに言われたのよ! 囚人が病死したって家族に手紙を誤送しちゃったから、研究所へ移送したいって! 犯罪者収容所が処分したい囚人をこっちに送りつけてきたのよ!!」
「ビビ!」
憤怒の形相で叱咤するクラジーバ。それもそのはず。ただでさえ黒に近かったクラジーバをビビが更に黒く塗りつぶしたのだから。
ビビはビビなりにクラジーバを擁護したつもりなのだろうが、あのような助手を持つと研究室長も大変だな、とレノはやけに冷静に物事を見つめる。
ここでおそらくはクラジーバも気づいたはずだ。こんなにタイミングよく監察が乗り込んで来るわけがないと。誰かがリークした。その人物で疑わしいのは一人しかいない。
クラジーバは奥歯を噛み、拳を握りしめている。
驚くべきはアリアだ。なるべくエルクリフが情報提供者であるということを悟らせないために、自然に彼を問い質している。あの状況では、たとえエルクリフが監察にリークしていなかったとしても、事態の説明をさせられたに違いない。監察が独自の調査で囚人移送のタイミングを掴んだと言っても、否定する要素がないため、エルクリフを守ることができている。
怒鳴られたビビは体を強張らせ、次に悔しそうに口を噤んだ。
「アリア官長!」
一同は突然発された声の方を向く。たった今階段を下り切ったと思しき、息を弾ませた男。彼が走ってこちらにやって来る。またもや監察官だったことに、レノは溜息と同時に眉を顰めた。
彼はアリアの耳元で何かを囁く。それをクラジーバたちは緊張の面持ちで見つめる。アリアは何度か頷き、やがて話が終わるとクラジーバとビビに鋭い視線を送った。
「クラジーバさん、あなたの研究室の奥の方から、囚人移送通路の工事費用明細が出てきたそうです。時期的に、第一研究所の改装工事の時期と被っていますね。それを目晦ましに、こっちの工事を業者に依頼した。随分計画的ですね」
驚いたのはレノだけではなかった。クラジーバもビビもその表情には焦燥が現れている。
「そんなはずは……。何かの間違いだ!」
訳も分からぬ証拠が出てきて、これでは本格的に自分たちが犯人にされてしまうと焦るクラジーバ。それに身に覚えのない事実に脳は混乱している。
「そんなはず? では、どうなるはずだったんですか?」
アリアはスッと目を細める。微笑みと呼べるものは今の彼女には一ミリもない。
クラジーバは何も言えずに、ただ口惜しそうに奥歯を噛み締めた。そんな彼を一瞥して、アリアは冷たく言い放つ。
「クラジーバさん、ビビさん、監察所にてお話伺います。――シュタルク、容疑者に手錠を」
彼女の後ろに黙って控えていたシュタルクが、制服のポケットから黒銀の手錠を取り出す。
一つはクラジーバ、もう一つはビビの両手首に嵌り、カチャリと冷酷な音を奏でた。
二人は抵抗しなかった。ひたすら悔しそうな表情を浮かべ、ただ何かに耐えるようにぐっと口を噤んでいた。