061
穏やかに波打つ蒼海、永遠を思わせる蒼穹、爽やかに香る若草色の芝。美しすぎるほどの異空間がクリスタルリングによって一層際立つ。
「準備はいいか?」
クリスタルリングの内側に大きく描かれた魔法円。ルカが途中まで作成し、ゴルゴンゾーラが完成させた〝人体蘇生術式〟。魔法円からやや下がって生贄の如く立てられた透明ケース。中にはリントが入っている。その装置からは導線が五本伸び、それぞれクリスタルリングに刺さっていた。
ルカがゆっくりと頷いたことを確認し、ベルーナはクリスタルリングの外側に描かれた円に向かって手を伸ばした。
「守護×七重×永遠」
ベルーナの右手中指に嵌る指輪が眩しい輝きを放ち、小さな魔法円が出現。そこから解き放たれるように拡散した光は、予め引かれていた円の上からドーム状に空間を覆った。
さすがアリスペル開発の研究者である。通常の使い手とは違い、上位の使い手しか使用することができない強度、条件を付与するという高度演算を同時にやってのけるなんて。しかも強度の条件は〝七重〟が最上位だ。
ルカは唾を呑み込む。
今この場には、装置の中に閉じ込められたリント、守護結界の中にいるベルーナ、その外側にいるルカの三人しかいない。ゴルゴンゾーラはクリスタルリングへの道の封鎖を担当している。知り合いに工事業者の人がいるとかで、特別に制服やヘルメット、果ては工事中の立て看板など一式を借りることに成功したらしい。
「じゃあいくぞ」
ベルーナは手持ちのリモコンをリントの装置へ向けてボタンを押した。
装置が稼働し始める。それはやがて、リントの体を電撃に打たれたかのように振動させた。
「うあああああああぁぁぁ―――――――――――――――――――!!」
くぐもったリントの絶叫が耳を劈く。
あの装置はリントの魔力を吸い取るもの。奪い取った魔力は下方に接続された導線を伝ってクリスタルリングへ流れる。クリスタルリングはリントの魔力に触れ、呼応し、より強大な魔力をその中心へ向かって放出する。
〝人体蘇生〟には膨大な魔法量が必要となる。必要量に達した時、人体蘇生の魔法円が光り輝き、術式が発動するようになっている。
狂気を具現化したような音にルカは必死で耐える。拳を握りしめ、胸の痛みを押し殺す。
紺と灰を混ぜた色の雲を呼び寄せ、海は嘆くように荒れ狂い、刺さるような激しい風が身を切り裂く。先ほどまでの清々しい美景は見る影もなく、悲鳴を上げた空はぽつりぽつりと涙を零す。
狭い空間の中で体を捩り、足掻き、苦痛を強要されているリントの姿など見ていられない。
ルカは彼の姿から目を離した。そして、きつく閉じて心の中で祈る。敢えて捕らえなかったシルファが、誰かにこのことを伝えてくれることを願って。
しかし、瞼を閉じていたからこそ、ルカは気づかなかった。リントの瞳が徐々に変色していることに――――。