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ワールド・フラグメント  作者:
第一章 リント
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006

 谷を上り、村の人間に見送られ、渓谷の村バレッジから一歩を踏み出す。

 バレッジ以外の場所に行くのはリントにとってこれが初めて。興奮で胸が高鳴る。遠くで羊たちの声が聞こえるが、暫しの別れだ。


 汽車は隣町のグリーンヒルから出発する。チケットを見ると、出発時刻は午後三時。現在時刻は午後一時。通常徒歩で二時間はかかる。これではギリギリだ。まだお昼も食べていないのに、走る力など残っていない。


 リントは辺りを見回す。人影はない。平原が続くこの辺りでは獣たちの姿もない。


「少しくらいなら大丈夫だよな……?」


 シルファにそう問い掛けてから、リントは白いドラゴンを手に乗せた。そして空に向かって放つ。


「白き神の使いよ」


 その言葉でリントとシルファの体が同時に眩い白い光に包まれる。


「汝真の姿を我に示せ」


 リントの光が全て一瞬の内にシルファに吸い取られるように移行し、シルファの体は一層眩い光に包まれた。直視できないほどの強い光、その中心にいるはずのシルファの姿を捉えることもできない。


 すぐにその光は治まった。光が消えたその場に姿を現したのは、頭から尻尾の先まで長さ二十メートルほどの白銀の龍。鱗は艶やかで、紅焔の如き双眸は美しい。しなやかな長い尻尾を携え、背中には骨ばった大きな羽を生やしている。


「シルファ、なるべく目立たないように地面すれすれを飛ぶんだ。人を見かけたら止まるんだよ」


 シルファが頷くのを確認してから、体を低く倒した彼の背中にリントが乗る。


 シルファは本来この大きさだが、普段はリントの肩や頭に乗るほど小さくなっている。これだけ大きいと生活が不便なので、シルファと契約を結び、普段は手の平サイズになってもらっているのだ。その契約法はリント自身もなぜ憶えているのか不思議だが、きっと前いた世界での記憶が残っていたのだと思っている。


 ドラゴンなどという生物はこの世界には存在しない。そのため、人目につく所にシルファを晒すのは良くないとのことから、その存在自体が極秘扱いとなっている。これはバレッジの民しか知らない事柄だ。


「シルファ、グリーンヒルに向かって行くぞ!」


 リントの声に反応し、シルファは短く声を上げて音速を超えるスピードで地を滑るように移動し始める。シルファが飛行すると、その速さに草原が突風でも来たかのようにザザザと激しく揺れた。




 運よく誰にも見つからず、町まであと一キロほどの場所でリントはシルファから降りた。そして今度は、先ほどとは正反対の内容を命ずる。


「白き神の使いよ、汝仮初の姿を我に示せ」


 体長二十メートルほどのドラゴンが、光を纏いながら手の平サイズに戻っていく。いつもの小さな姿に戻ったシルファは、リントの頭の上で羽を休めた。


 そこからは歩いて町まで向かう。


 ちょっとした森や岩場が多くなってきた辺りからは、獣を見つけては気づかれないように気を付けて歩いていた。


 十分ほどそんなことを続けていると、遠くに木彫りのアーチが見えてきた。近くなると、そこに彫られた文字が読める。上部に書かれているのは〝グリーンヒル〟の文字。


 ここはバレッジのウール製品や清い水などを売りに来る町である。羊の面倒を見ているリントは、二十歳になったら商売を手伝うために来られることになっていた町だ。六年も早くその町を拝めるとは思ってもいなかった。


 町の入口のアーチを潜ると、そこには盛況なマーケットが広がっていた。道の左右に所狭しと商店が軒を連ね、商人が客に向かって自分の商品を必死に売り込んでいる。


 沢山の客の間を潜り抜けながら、なんとか前に進む。今まで経験したこともない人口密度に呑まれながら、僅かに目に映る商品に心が躍る。金に光る装飾品や見たこともない形をした道具まで様々だった。町に入る少し前からリントの鞄に収納されたシルファも興味があるのか、間から外を覗き込んでいた。


 グリーンヒルでこのレベルなのだから、大都会であるフロンテリアはどれだけすごいのだろうと期待が膨らむ。


 汽車はグリーンヒルの最奥、小高い丘の上から出発。ウェストポートシティまでは五日ほどかかる寝台列車だ。


 汽車は幾つかの町を経由する。その町を超えるたび、窓に映る風景が緑豊かな草原から整備された道や灰色の建物に変化していった。


 徐々に海が近づき、ウェストポートシティに到着。初めての汽車の旅を充分に楽しんだリントは上機嫌で下車した。そしてターミナルのゲートを抜けて、思わず息を呑む。


 眼前に広がるは、大きな港町。沢山の人で賑わい、バレッジは勿論グリーンヒルも敵わないほどの広さ。海から運ばれる潮風が鼻腔に広がり、空には白い鳥が無数に飛び交っている。体格のいい色黒の男たちが大声を上げながら、船から段ボールを幾つも降ろしている。おそらく貿易で他国から届いた品物か何かだろう。


 西部にある町からフロンテリアへ行くために必ず目指さなければいけない町、それがここウェストポートシティだ。


 フロンテリアは頑丈な塀に囲まれた島。数年前までフロンテリアは陸続きの都市だった。しかし首都機能を有するフロンテリアはあらゆる外敵から身を守るため、敢えて陸地を大幅に削り、そこに近くの海から海水を流すことによって、その姿を孤島へと変えた。だからここは海というより、湖という方が正しいかもしれない。


 フロンテリアの四方にはそれぞれ、ノース、イースト、サウス、ウェストのポートシティが存在し、そこからの船しか受け付けないという体制を取っている。


 村長から貰ったチケットを使い、今度は船に乗り込む。五十人くらいは乗れそうな、それなりに大きさのある船だった。


 白い帆に風を受け、船がフロンテリアに向かって動き始める。水の上を走る適度な揺れも、爽やかな潮風も、そのどちらも心地良い。


 出港する前、フロンテリアは薄らと姿は見えたものの、その全貌は全く捉えることはできなかった。だが、それも徐々に近づいて大都市フロンテリアの外郭が明らかになる。


 周囲が崖かと思うほど海抜が高い島。その半分ほどの高さを覆う銀の壁。外からではフロンテリアがどんな雰囲気を纏う街なのか、どこに首都機能を有する建物があるのかなど全く分からない。確かに敵が侵入したり攻略したりするのは難しそうだ。


 船がフロンテリアの前まで来ると、銀の壁から生えた二台の機械がお目見えした。四角い箱のような形をしていて、意思を持ったように首を振っている。リントはそれがなんなのか分からない。初めて見る代物だった。


 二台の機械が舐めるように船を見回した後、目の前の壁が下に動き、船が通れるほどの通路ができ上がった。吸い込まれる海水に身を預けるように船もフロンテリアの土地へ入り込む。


 鉄のゲートを潜って視界に飛び込んできたのは、神秘的な空間だった。

 人工で作ったと思われる白い砂浜。洞窟のような天井。そして砂浜の奥の長い階段上方から差し込む眩い光。


 きっとあの階段を上ればフロンテリアの街が広がっている。ジャンヌ、ルカ、セフュ、シュタルクがバレッジを出て目指した大都会。


 みんなに会えるかな。


 リントは下船すると、砂浜の上に設置された木造の道を駆けて、一目散に階段を上った。

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