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犯罪者収容所から連絡が入ったのは、昨日だった。人体実験の材料を提供すると、担当であるエルクリフは言うのだ。
連絡を受けたビビは眉を顰めた。研究所が要請していない材料の提供を犯罪者収容所の方から申し出るなんて、聞いたことがない。
何か犯罪者収容所側でミスでもやらかしたのかしら?
ビビはそう思いながらも、一応訊いてみる。
「犯罪者収容所側から材料を提供するって言ってくるなんて、今まで聞いたことないけど」
『犯罪者収容所の手違いで、ある囚人の家族宛に病死の手紙を出してしまったのです。今から間違いである旨の手紙を作成して再送することは可能ですが、そちらが材料を欲しているのであれば、その囚人をそちらにお送りしようと思いまして』
やっぱりミスを犯したのね。
ビビは納得してから、この申し出を受けるか考え始める。
つい先日、前回貰った囚人は死んでしまった。実験項目はまだ山ほどあるし、材料はあればあるほど有難い。しかも病死と通告してしまったのであれば、ちょうど良い。
ビビは口元を緩めた。
「解ったわ。それで宜しく。移送日程はそっちの都合で構わないわよ。いつがいいの?」
すると、耳元からは信じられない言葉が聞こえてきた。
『明日は如何ですか?』
「明日!? 随分と急ね」
『はい。こちらとしても、病死扱いにした囚人をずっとここに置いておきたくはないのです。誰かに何かを嗅ぎつけられても嫌ですからね』
ビビは黙考する。囚人を招き入れるのに特に準備が必要なわけではない。移送されるのは、いつでもいい。ただ問題は、囚人移送のために犯罪者収容所へ遣わす当番の予定が合うかどうかだ。当番は人体実験を行う研究室のメンバーと、第一研究所の統括グループのメンバーで回している。次の当番に予定を確認してからでないと、エルクリフに返答できない。
「当番の日程だけ確認させて。それで折り返すわ」
『いえ、明日は当番の方に来ていただかなくても大丈夫ですよ』
「どういう意味?」
訳が分からずビビは眉根を寄せる。
『私がそちらまで囚人を移送致しましょう。明日はシフトの関係で人数が多いので、私が少しの時間離れても特に問題はありませんので』
そういうことなら有難い。
ビビはお言葉に甘えて、エルクリフの申し出を受けることに決めた。
「そう。じゃあ宜しく頼むわね」
そう言って電話を切ったのだった。
このことは昨日のうちにクラジーバに報告してある。まだ研究所に来ていないが、パースは今日研究室へ来る日である。
そういえば遅いなと思い、ビビは腕時計に目をやった。十時二十分過ぎである。
「先生、そろそろ実験棟に向かいましょう」
ビビの台詞でクラジーバも席から立ち上がった。実験記録簿を脇に抱え、研究室を後にする。
まったくあの小生意気なガキは何やってんのよ!? 完全遅刻じゃないの! 来たら散々叱ってやるんだから!!
今まで溜まったパースの鼻につく言動の数々を思い出しながら、ビビはクラジーバとともに〝開かずの扉〟へと向かった。