056
すっかり遅くなっちまった……。
シュタルクは駅の階段を上りながら、腕時計に目をやる。
エルクリフが囚人の移送は明日だとか言うから、その準備で忙しかったのだ。
彼の話に依ると、移送開始は午前十時。第一研究所へ到着するのはおよそ三十分後。それくらいの時間を見計らい、監察は第一研究所内へ立ち入り捜査を行う。
エルクリフが帰って一時間ほど経ってから、研究官長と法務官長から連名で第一研究所の捜査依頼が届いた。彼らのところにも不穏な噂が流れて来たらしい。噂が広まり、第一研究所の研究官の耳に入る前に、真相を暴かなくてはならない。
明日に備え、A級監察官だけが集められ、捜査概要が説明された。捜査目的は勿論極秘扱い。漏らせば首が飛ぶだけでは済まされない。
シュタルクは足早に寮への道を歩いていると、眼前に街灯に照らされた人影を捉えた。こんな時間に寮の方向へ行くなんて同僚か? と思い、その人物の隣に付けると、シュタルクは唖然とした。
「……セフュ、お前なこんな時間まで何やってんだよ」
「やあシュタルク、遅かったね。ていうか、シュタルクって僕のお母さん? 門限何時だっけ?」
「………………」
「今日のリントのご飯は何かなー? あいつって意外と料理上手いから、どこへ嫁がせても恥ずかしくないよね」
鼻歌交じりに話すセフュに、確かにリントはどこにいってもうまい料理を作るだろうとシュタルクも納得しかける。
胃に優しいものが食いたいと思いながら、シュタルクは寮の部屋のインターホンを鳴らした。
だが応答がない。いつもならすぐにリントの笑顔が飛び込んでくるはずだが、中で物音一つしない。
もう寝てんのか? と思いながら、仕方なく鍵を取り出して開ける。
「ただいまリントくん! 今日のご飯は何かな?」
扉を開けた途端シュタルクは横に押しやられ、セフュがさっさと中に入る。
こいつ! と思いながら、シュタルクは靴を脱ぐ。そして中に入り、台所を前に突っ立っているセフュを怪訝そうに一瞥した。
「おいセフュ、どうした?」
嫌な予感がした。
「シュタルク、これ見て」
シュタルクはすぐにセフュの視線の先を捉え、瞠目した。茶色に変色した挽肉、出しっぱなしの包丁と俎板、だし汁の入った鍋。明らかに料理の途中なのだ。
シュタルクはさほど広くない部屋の中の隅々まで探す。そして自然と言葉が漏れた。
「リントがいない……?」
思い出すと玄関に靴はなかったし、セフュの大声を聞いても反応がなかったのは明らかに異常だ。
シュタルクとセフュは事情が呑み込めないまま、ただ仕掛け途中の料理を眺めていた。
三年前、バレッジで五人が交わした約束の日は、明日に迫っていた。