054
アドラ=ドラスキーという男について調べるようにアリアに言われてから一日経ったが、彼女が納得するような情報はまだ見つけられていなかった。
シュタルクは大きく肩を落とし、吐息を漏らす。
ジャンヌに監察所で協力要請をし、その帰り道、唐突に言われた内容がそれだ。
調書に依ると、特に目立って変わったところのない囚人だった。なぜアリアがその囚人について知りたいのかは解らないが、きっと今回の件に関係しているのだろう。
これから犯罪者収容所で囚人の移送を行っている〝エルクリフ〟という男と会う約束になっている。そろそろここへ到着するはずだ。
シュタルクは一番に応接室にやって来て、お茶を出す準備を整えた。面倒臭いが、こういう細やかなことは意外と大切である。
約束の時間の十分前になってアリアが到着。彼女がソファに腰掛けて待っていると、三分前くらいにドアをノックする音が聞こえた。シュタルクは扉を開けて、客人を中へ通す。
ロマンスグレーの髪に質の良いグレーのスーツ。頭に乗る中折れハットがより紳士的な印象を与える。ジェントルマンという言葉は、彼のためにあるのではないか、と思わせるだけの気品を備えていた。
アリアと反対側のソファに案内し、シュタルクは用意していたポットにお湯を注ぐ。徐々に琥珀色に近くなる液体を一瞥して、二人の話に耳を傾ける。
「初めまして。私は監察官長を務めるアリア=リズリードと申します。本日はお忙しい中、監察まで足をお運び下さり、ありがとうございます」
まずはアリアが名乗り、次いでエルクリフが名乗る。お互い挨拶が終わったところで、早速本題に入った。
「お時間もないことと思いますので、手短にお話し致します。エルクリフさんは犯罪者収容所から第一研究所へ囚人を移送しているとお伺いしています。それは本当ですか?」
「本当です」
その答えに頷いてから、アリアは更に話を進める。
「移送されている囚人ですが、人体実験に使用されている可能性があります。あなたはそのことをご存知でしたか?」
まるで容疑者に対して取り調べをするような質問内容に、エルクリフは視線を彼女から逸らして虚空を見つめた。
「……知っていました。人体実験をわりと頻繁に行っているクラジーバに脅されて運んでいました。ですが、私自身もどうにかしたかったのです。それで縁あってロバートさんにお話ししたら、そのことをアリア様にもお伝えできて……」
そこまで言うと、急にエルクリフの様子が変わった。体を震わせ、目を左右にせわしなく動かしている。
「ですが、監察にまで伝わるということは、私自身が情報提供をしたということで相手に伝わってしまうのでしょうか!? そうすれば私は、クラジーバの出所後に殺されてしまうのでしょうか!?」
「落ち着いて下さい」
ちょうど紅茶が出来上がったので、シュタルクはアリアの声と同時にエルクリフにそれを差し出した。横に砂糖とミルクも添える。
エルクリフは角砂糖を一つとミルクを加え、かき混ぜると、それを一口含んだ。精神安定剤であるかのように、紅茶はエルクリフの震えを止まらせる。
「……取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、ご心配はよく解ります。でも安心して下さい。情報提供者の存在は明かしませんので」
それを聞いてエルクリフはホッとしたように胸を撫で下ろす。
「エルクリフさんを解き放つためにも、監察は今回の件を早急に解決したいと思っています。そこであなたにご協力いただきたいのです」
「私にできることなら、なんなりと」
アリアはすぅーっと息を吸い、ゆっくりと吐き出してからエルクリフの瞳を真っ直ぐに捉えた。
「囚人を第一研究所に移送するタイミングを事前に監察に教えていただきたいのです」
「それはクラジーバたちを現行犯逮捕するため……ですか?」
「仰る通りです。お願いできますか?」
エルクリフは膝に置いていた拳を握りしめ、力強く言い放った。
「実は既に次に移送する日程が決まっているのです」
これにはアリアもシュタルクも目を剥いた。アリアが唾をゴクリと呑み込む。
「それはいつですか?」
エルクリフは瞳を閉じて、それからゆっくりと瞼を持ち上げた。
「明日です」