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〝神速の魔女〟の張り紙がされてから三日後。それは〝情報屋のセフュ〟と会う約束の日でもあった。監察は毎日てんやわんやで、容疑のかかった女性でごった返している。そろそろ犯人について、何かしらのアクションを起こさなくてはならない。
アリアはセフュに依頼したときと同じ北区の隘路にいた。約束を忘れているかもしれないという不安を抱きながらも路地を覗くと、そこには一見すると自由人であり放浪者のような男がいた。一先ず彼がそこにいることに安堵する。
「ちゃんと来たんだ」
「勿論。約束を守るのはプロとして当然のことですから」
こんな奴に言われても全く説得力がない、と思いながら、そのことには触れずに先を促す。
「で、約束の情報は?」
「それは支払いの後ですよ。情報なんて形無きものは万引きされても証拠ないですからね」
「………………」
アリアは不機嫌そうに小さなポシェットから幾つかの札束を取り出す。
「これで文句ないでしょ」
吐き捨てながらそれをセフュに放ると、彼は早速札束を数え始めた。商売人としてきちんと金額を支払ったかどうか相手の前で確かめるのは常識かもしれないが、どうにもいい気がしない。
「まいどー」
ようやく数え終わったセフュは、先ほどまでの弛緩した表情から一転、引き締めた。
「アリア御嬢さんからの依頼は〝神隠し事件〟に政府が関わっている証拠を見つけることでしたよね?」
アリアは首肯する。
「実は調査してる最中にえらいことが分かりましてね」
セフュから買った情報は、アリアにとって衝撃的な内容だった。
アリスペル開発のために第一研究所が人体実験をしていて、それを行うために大量の人間が必要で拉致していた。それが〝神隠し事件〟の真相。
だが、人体実験はまだ行われている。犯罪者収容所と第一研究所は繋がっており、不定期に囚人が提供されていると言うのだ。
「僕が売れる情報はこんなもんです。あとは御嬢さんの判断で好きにして下さい」
アリアの脳内では、セフュの情報が正しいと仮定して、監察は今後どのように動けばいいか、ということが考えられていた。
監察が第一研究所の立ち入り捜査を行い、犯罪者収容所とパイプがあることが分かったとしても、人体実験の証拠がないためにそれが何にどう関係しているのか説明できない。悪事を暴くには、どうしても人体実験の現場を押さえる必要がある。だが、どうやって……?
「犯罪者収容所から第一研究所に囚人が移送されるときがいつかって分かるのかな」
アリアの独り言のような質問に、セフュが思案する。
「まあ、分からないこともないですけど……」
セフュの回答にアリアの目の色が変わる。
「ちょっと! その方法教えてよ! 大金払ったじゃん!」
セフュの胸座を掴み、前後に揺らす。セフュは苦しそうに、く、首が……、と唸っている。
「じ、実は、犯罪者収容所から第一研究所に囚人を移送している人物とコネ作っておいたんですよ。その人に訊けば、教えてくれるんじゃないですか?」
「どうして秘密を隠す立場の人間が、あんたなんかにそんなことペラペラ話すわけ?」
あんたなんかって……、と溜息交じりに呟いてから、セフュは仕方なく口を開く。
「エルクリフさんっていうんですけどね、彼、人体実験のこと良く思ってないんですよ。それで、できれば自分の身が危険に晒されることなく、現状をどうにかしたいと思ってるんです。だから協力してくれると思いますよ。――あ、僕の名前出さないで下さいよ? 僕、彼の前では〝ロバート〟ですから」
いいことを聞いたとアリアからは自然と笑みが漏れる。
「ありがと。充分だよ」
アリアは踵を返し、セフュに背中を見せる。彼はホッと胸を撫で下ろし、やっと終わった仕事に両腕を天に伸ばして解放感に浸ろうと思っていた矢先、アリアがくるりと身を翻して立ち止まった。セフュは腕を伸ばすのを中断させて顔を引きつらせる。
「……まだ何か?」
「一つだけ教えて。どうしてこのタイミングであの張り紙がされたんだと思う?」
これは多分ですけど、と冒頭に付けて、セフュは自分の考えを述べる。
「数週間前、一度第一研究所に移送された囚人が脱走して犯罪者収容所に戻ったんですよ。それがきっかけなんじゃないですか?」
「囚人が脱走した? その囚人今どうしてるの?」
「さあ? 一応犯罪者収容所に留まったままみたいですけど、その先は……。でも不思議なのは、彼ではなく他の囚人を実験材料として第一研究所に送ってるってことなんですよね。普通脱走した囚人をもう一度研究所に送り込むと思うんですけどね」
アリアは腕を組んで眉根を寄せた。
「その囚人の名前は?」
「アドラ=ドラスキーです」
「アドラ=ドラスキー……。分かった、ありがと」
その言葉を聞いて、セフュは遠慮がちにアリアに訊ねる。
「あのー……、今度こそもう何もないですか?」
「何、あってほしいの?」
「い、いえ、滅相もない!」
アリアは横目でセフュをキッと睨みつけ、その場を離れた。監察へ一度戻り、張り紙貼りの犯人を炙り出すための策をすぐさま組み立てる。それをシュタルクに展開し、彼の提案でジャンヌのアクセサリーショップへと赴いたのだった。