005
信じられない言葉にサージスだけでなく、その場にいた誰しもが目を剥いた。リントは手元に残っているチップ全てを中央に差し出す。そんな彼の表情には薄らと笑みのようなものが浮かんでいた。
これにはさすがのサージスも動揺しているようだった。初め呆気にとられていたが、我に返ってからは黙考を続けている。リントはそんな彼を見つめ、膝の上で握られた手を汗でぐっしょりと濡らしていた。口を引き結び、サージスがフォールドしてくれるのを待つ。
ギャラリーたちが息を呑んで見守る中、サージスの口が僅かに開かれた。ただでさえ高鳴っていたリントの鼓動が、より一層大きく脈打つ。
「……フォールド」
その言葉を聞いた瞬間、リントの心臓が飛び跳ねた。瞳からは自然と涙が溢れ出し、緊張していた体からは力が抜けていく。
勝負がつき、周りからワッと歓声が上がった。背中を誰かに複数回叩かれ、リントは苦笑いを浮かべる。
「リント、おめでとう。フロンテリア行のチケットとこの賭け金は君のものだ」
サージスは朗らかな笑みを見せながら、テーブル中央のチップをリントの前に差し出した。
「オールインを宣言されたときは驚いたな。リントの本気が伝わってきたよ。それで……、やっぱり〝ストレートフラッシュ〟だったのか?」
リントは少し恥ずかしそうにサージスから視線を逸らし、小さく呟いた。
「実は……〝ワンペア〟だったんだ」
「ワンペア!?」
予想だにしない返答に、サージスは目を剥いていた。だが、それはすぐに笑いに変わる。
「あのレイズやオールインはブラフだったってわけか。すっかり騙されたよ。リントでもそんな技使えたんだな」
表にされたサージスのカードを見ながら、リントはホッと胸を撫で下ろす。サージスの手札は〝フルハウス〟だった。本当に危ないところだった。
チップを現金に還元してもらい、リントは酒場を後にした。その足で村長の家まで疾駆する。
今度は音が響かないように気をつけて家の扉を開け、中に入り奥の部屋の扉をノックした。少しして村長が顔を出す。
「誰がフロンテリアへ行くか決まったか?」
「はい。オレが行きます!」
「そうか」
村長は短くそれだけ答えると、手に持っていた白い封筒をリントに差し出した。
「これはフロンテリア行のチケットと、調印式開催の日時や場所などが書かれた紙が入っておる」
リントはその封筒を両手でしっかりと受け取る。
「フロンテリアでは数年前に起きた〝神隠し事件〟とやらがまだ解決していないと聞く。男だからと油断せずに、大都会なんじゃから気をつけるんじゃぞ。それでは頼んだ」
村長に一礼してすぐに家を出た。
リントは〝神隠し事件〟のことを詳しくは知らなかったが、何年か前に何人もの人が姿を忽然と消したという話を聞いたことがある。
リントは一度谷の下の方にある自分の家に戻り、支度を整えて頭の上のシルファに話し掛ける。
「じゃあ行くか!」
シルファは羽をパタつかせ、嬉しそうにキャッキャッと声を鳴らした。