049
監察所は想像していたより、ずっと普通だった。てっきりグレー一色の窓もない箱に入れられ、そこで延々と取り調べを受けるのかと思っていたが、部屋の色はベージュで赤いソファまで置かれている。どちらかというと、明るい感じの部屋だ。
「どうぞ」
更に、淹れたてのコーヒーまで用意してくれる始末。香ばしい匂いを漂わせるコーヒーを目の前に差し出したシュタルクに困惑の目を向けるジャンヌ。ここまで自分の想像と違っていると、正直恐ろしい。これから一体何が起きるのか。
シュタルクが上司であるアリアの分のコーヒーも用意して、ジャンヌと反対側のソファに腰掛けると、隣に座るアリアが口を開いた。
「ジャンヌさん、この度の非礼、まずは謝らせていただきます。申し訳ありません」
アリアとシュタルクが同時に頭を下げる。何がなんだかジャンヌには益々分からない。
「あの……、わたしは〝神隠し事件〟の容疑者としてここに連れて来られたんですよね?」
ジャンヌが自信なさそうに言うと、アリアとシュタルクは顔を見合わせ、それからジャンヌを真っ直ぐに見据えた。
「実は、ジャンヌさんを勝手に巻き込んでしまいました。私たちに協力していただくために」
ジャンヌは眉を顰める。
「ジャンヌさんの逮捕は犯人を油断させるためのパフォーマンスです」
「!?」
息を呑むジャンヌ。事情はまだ詳しく分からないが、取り敢えず自分が監察に利用されたということだけは解る。
「何があったんですか?」
監察官長であるアリアという少女が世間を欺いてまで解決したい事件。それがなんなのか、ジャンヌは薄々勘づいていた。
「勝手に巻き込んでしまってこう言うのもなんですが、今から話すことはジャンヌさんの胸の中だけに留めておいていただけますか?」
ジャンヌは力強く頷く。それを確認してアリアは話し始めた。
「四年ほど前まで、主に北区で起きていた謎の拉致事件。俗に言う〝神隠し事件〟ですが、最近になってその真相が分かってきたんです」
やっぱりと思いながら、ジャンヌはアリアの言葉を静聴している。
「第一研究所。そこが、その事件の犯人であると私たちは確信しています。第一研究所ではアリスペル開発のため、人体実験を繰り返していた可能性が高い。おそらく、指名手配の張り紙を貼るように指示した人物は、第一研究所の誰かだと思われます」
「そこまで分かっていて、なぜ監察は第一研究所の立ち入り捜査をしないんですか!?」
「それこそが、ジャンヌさんを巻き込んでしまった理由です」
アリアはそこで一拍置くと、再び話し始めた。
「〝神隠し事件〟は四年も前に終わったものです。そんな昔の証拠を探すのは難しい。でも方法がないわけではないんです。今でも第一研究所が人体実験を行っているとしたら」
ジャンヌは唾を呑み込む。ESOに安否を確認するよう依頼された囚人、アドラ=ドラスキーを思い出す。
「第一研究所は犯罪者収容所から人体実験に使用する人間を調達しています。つまり、人体実験をまさに行おうとしているところに監察が入れば、それが動かぬ証拠になるというわけです。あのような張り紙を出した理由として考えられるのは、なんらかの出来事により第一研究所の悪事がバレると思ったから。偽の犯人を作り上げ、その人物が逮捕されれば、今後自分たちに目が向くことはないと考えたのでしょう。犯人がわたしの想像通りそのように思っているのなら、好都合です。〝神速の魔女〟が逮捕されたということにして泳がせ、再び人体実験の材料を調達してもらうのです」
さすが齢十二にして監察のトップに君臨しただけのことはある。目から鼻へ抜けるような賢さを備えた少女を前に感心するジャンヌ。
監察の中でも今回のことを知っているのは、アリアとシュタルクくらいのものだろう。
「確かに仰る通り、人体実験を行おうとしているところを押さえることができれば、証拠に成り得るかもしれません。でもそんなタイミング、どうやって分かるんですか」
すると、アリアは待ってましたと言わんばかりに得意げな笑みを披露した。
「伝手があるんですよ」