047
翌日になっても、翌々日になっても、監察から張り紙が何かの悪戯である旨の公表はなかった。
なんで張り紙を貼った人間捕まえるのにそんなに時間かかってるのよ!
ジャンヌの監察に対する苛立ちは日増しに強くなっていた。当然夜の仕事は外出禁止命令が出ていて、ジャンヌは何もすることができない。
ここ数日で変わったことといえば、〝神速の魔女〟のファンと思われる女性たちが、その姿を模して月下の街を飛び回っているということだ。一種のゲーム感覚というか、イベントのようなものだと若者たち捉えたようだ。今まで〝魔女狩り〟に参加していなかった者まで夜な夜な街を走り回るという社会現象を引き起こしている。おかげで監察には大量の容疑者が運び込まれ、捌き切れないと聞く。
折角〝神隠し〟の犯人が第一研究所だろうというところまで分かっているのに、現状、摘発できるだけの証拠もないし、さすがに研究所という組織を壊滅させることもできない。こんなとき、いつもなら仕方なく監察に匿名で投書するのだが、相手が政府機関であるため、捻り潰される可能性がある。
だが一つだけ、公的に第一研究所を摘発できる方法がある。
第一研究所にいると推測される囚人の身柄をESOで捕え、研究所で何が行われていたのかを自白させる。それを発生源が分からないように世間に広めるのだ。そうすれば、いくら同じ政府機関といえども、第一研究所の調査に入らないわけにはいかない。そこで、民間の調査会社であるESOも調査に加えてもらうのだ。複数の調査会社が入ることによって監察単独で結果を公表するより信憑性が増すなど、何かしらの理由を付ければ容易だろうし、世間を味方にすれば不可能ではない。ただしそれは全て、研究所に移送された囚人が生きていればの話だ。
あれから毎晩、ESOでは第一研究所に確実に潜入できるための方法を考えたり、手筈を整えたりしている。既に第一研究所内の地図は入手済みであるため、今では囚人が捕らえられている部屋の目星を付けたり、鍵の在処を確認したりしている。そろそろ決行の日も近いだろう。
だが、それにジャンヌが加われるかどうかは定かではない。あの張り紙のせいで。自分の担当案件でありながら、手出しができないというのはなんとも歯がゆい。
苛立ちを隠せないまま、小さな自分の店のレジで客の持ってきた商品を包装する。嬉しそうに受け取る客とは対照的に、元気のない笑顔を見せるジャンヌ。
「ありがとうございました」
店を出て行こうとする客の背中を目で追う。そこでふとその先に映った光景にジャンヌは瞠目した。
店の入口すぐに立っていたのは、ロリータの格好をした少女、そして監察官の制服に身を包んだシュタルクだった。
二人は周囲の目を気にする様子もなく、店の中へ入り、ジャンヌの前で停止する。店にいた数人の客の視線も、通りを行き交う人々のそれも、一点に集中する。
「ジャンヌ=コルタールですね?」
まだ幼さが残る少女の口から出る声は、見た目年齢から大きく逸脱していた。静かで重々しくて、大人の世界で長く生きてきたのではないかと思わせる誇り高き声。
彼女のことはどこかで見たことがある。確か、驚異のアリスペル使いとして認められ、最年少で監察のトップになった天才少女。名前はアリア=リズリード。
「そうですが……」
緊張の面持ちでそう答えると、次いで全く信じられない言葉がジャンヌの鼓膜に響いた。
「監察です。〝神隠し事件〟の容疑者として、あなたを監察所へ連行します」