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「ねえ、指名手配されてる〝神速の魔女〟ってジャンヌのことなの……?」
リントが心配そうにジャンヌの顔を覗く。
このまま黙っているのは分が悪い。以前シュタルクに〝神速の魔女〟だと疑われたとき、きっぱり否定した。あれがまだ有効なら、早く違うと回答しなくてはいけない。それなのに、どうしてもすぐには言葉が出て来なかった。
「……ち、違うに決まってるじゃない! 私はアクセサリーショップを営んでるのよ。夜に活動する時間なんてあるはずないじゃない!」
慌ててそう言ったが、自分でも虚言としか思えないような台詞だった。
「別にさ、ジャンヌが〝神速の魔女〟でもそうじゃなくてもいいよ」
重い空気を切り裂いたのはセフュだった。
「僕が気にしてるのは、〝神速の魔女〟っていうのは〝神隠し〟みたいな拉致行為をするのかってことだよ。――シュタルクとジャンヌはずっとフロンテリアにいるんだから、彼女がそういうことしそうかどうかくらい分かるんじゃないの」
ジャンヌはシュタルクの様子を窺う。
「おれは〝神速の魔女〟がそんな行為をするとは思えねーけどな」
ジャンヌはシュタルクが思案する素振りを見て、眉を顰めた。セフュ以外手をつけていない紅茶はどんどん冷めていく。
「ねえシュタルク、そもそもあの張り紙って監察が貼ったんじゃないの? それなのにどうして監察官であるシュタルクが〝神速の魔女〟が犯人じゃないって思ってるのよ」
シュタルクは彼女から視線を逸らす。そして話しにくそうに、重い口を開いた。
「実は監察も今日初めて知ったんだ。昨日の夜貼られたみたいなんだけど、監察にはそんな連絡来てなくて、だから上も相当困惑してた。おれ今日非番なんだけど、さすがに気になって様子を見て来たんだ。したら監察棟内が大変なことになっててよ。〝神速の魔女〟についての情報を提供しに来てる一般人や、彼女のファンによる抗議、〝神隠し〟の被害者家族なんかが殺到してた。監察は今、誰の指示であの張り紙が貼られたのかを調査中って状況だな」
監察はあの張り紙に関与していない? では、誰が一体なんのためにこんなことを……?
「その結果っていつ頃分かるの?」
「そんなに時間はかかんないんじゃねーの? 貼っている人間の目撃情報もあるし、そこから辿れば比較的早く分かると思ってけど」
「誰が貼ったか分かったら、監察はそれを発表する?」
「〝神隠し〟の犯人が〝神速の魔女〟だっていう証拠がない限りな。張り紙を剥がして、まだ犯人が特定できていないことを世間に公表しなくちゃなんねーだろ」
〝神隠し〟の犯人は〝神速の魔女〟ではない。それはジャンヌが一番よく知っている。つまりは、誰が自分を陥れようとしたかを監察が調べて公表してくれるということだ。
「で、ジャンヌは〝神速の魔女〟が犯人だと思ってんの?」
セフュに質問を戻され、ジャンヌはかぶりを振った。
「そもそも〝神隠し〟が行われていた時期と〝神速の魔女〟が出て来た時期は被らない。だから彼女は白よ」
それを聞いてリントはあからさまに安堵の表情を浮かべた。きっと彼はジャンヌが〝神速の魔女〟だと信じているに違いない。おそらくはシュタルクから言われた言葉を鵜呑みにしているのだろう。
話が一段落して、湯気が立たなくなってから数分が過ぎた紅茶を静かに啜る。その時に店の方からベルが鳴る音が聞こえ、ジャンヌはレジへ向かった。