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〝神隠し〟がぱったりと止んだ。その時期が、アリスペル完成のそれと被っていたのだ。正確に一致していたわけではないが、許容範囲内の誤差だ。仮に実験データを集めるために人間が必要だったのだとしたら、データを取り終わった後は実際にシステムの構築に入る。むしろ誤差が出ていないと不自然だ。
アリスペルの開発は第一研究所が行っている。そこがモニターを募集したという話は聞いていない。ということは、表向きに募集できないような内容の実験が人間を使って行われていた可能性があるということ。
そこまで掴んだところで、後は証拠になりそうなものを見つけて摘発しようと考えていた矢先、街の壁や電柱など、あらゆる場所にあの張り紙がされたのだ。自分たちの動きが察知されているのではないかと思わず疑いたくなるようなタイミング。
「ああいう張り紙って、通常監察が出すわよね?」
ジャンヌはESOの事務所の窓から、徐々に明るさを増す暁の街を覗く。
「そうだ。そこを調べてみるか?」
キルスにそう言われて、ジャンヌは首肯した。
キルスの声は落ち着く。程よく低くて安定した音。見た目はこんなだが頼りがいがあって、何か危険な場面に遭遇しても彼が一緒にいれば乗り越えていけるような、そんな安心感がある。
自分が賞金首にされたと知った時、困惑や驚愕と同時に、ショックも大きかった。大々的に自分を捕まえるように一般市民に協力要請がされたのだ。恐ろしかったし、目には自然と涙が溜まった。
だが、そんなジャンヌの様子を察してか、キルスはそのことを笑い飛ばして冗談まで言い放ったのだ。お陰でジャンヌの気は楽になり、今では自分を〝神隠し事件の首謀者〟に仕立て上げようとした犯人を是が非でも捕まえてやろうと思っている。
ESOの事務所を出てキルスと別れ、地下鉄の始発に乗って南区の家へ戻った。微かに白っぽく霞んで見える朝の街は、空気が澄んでいるように感じる。
ジャンヌは南区で自分のアクセサリーショップを開店させている。他の店が開いてから数時間経つ昼頃になってようやく開き、そのくせ他の店よりも早くに閉まる、やる気が全く感じられない我儘な店である。
だがそれも仕方がない。ESOの仕事が終わるのは朝方。睡眠を取って店を開け、夕方店仕舞いをしてからはESOへ向かうまでの間に店に出すアクセサリーを作らなくてはならないのだ。
ジャンヌは手先が器用で、センスもある。小さい頃からモノ作りが得意で、特にアクセサリーのようにキラキラしたものが好きだった。だから、アクセサリーショップを経営するのはジャンヌの夢であり、いくら辛くてもこれをやめることはできない。
これではいつか体を崩してしまう。それならばESOを辞めればいい。そう思ったこともあった。だが、ジャンヌにはできなかった。
ジャンヌのアリスペル能力が買われてESOにスカウトされ、実際に仕事をしてみて分かったことがある。それは、世の中には不条理な出来事が溢れているということだ。今回の仕事はまさにそういった出来事だ。
最寄駅に着き、あちらこちらに貼られた例の紙を見ないようにしながら、家までの道を辿る。そして、アクセサリーショップと一体化した我が家に戻り、シャワーを浴びてから眠りについた。