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ワールド・フラグメント  作者:
第一章 リント
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004

 サージスの提案で、村長の家の一段下、反対側にある酒場へ足を運ぶことになった。


 まだ午前中のため酒場には〝準備中〟という看板が扉に掛かっていたが、サージスはそれに構わずドアを開ける。カランカランという喫茶店染みた鈴の音が鳴った。


「マスター、準備中のところ悪いけど、ちょっとテーブル貸してくんない?」


 カウンターでグラスを磨いていた黒髭を蓄えたマスターは、突然入って来た四人に目を丸くしたが、事情を説明すると快く場所を提供してくれた。そして、奥からチップも出してくる。


 四人は奥のテーブルに腰掛けた。早速手元にチップが五十枚配られる。


「いつものルールでいいよな? チップ一枚は五十コルト。参加料(アンティ)は五十コルト。最低ベット額(スモールベット)は百コルト。カードを配るのはマスターにお願いする」


 三人が頷いたのを確認し、サージスがニッと歯を見せた。


「じゃあ始めるか」


 全員がチップを一枚中央に差し出し、マスターがカードを配り始める。この時、どこから話を聞きつけたのか既にギャラリーがリントたちのテーブルを囲んでいた。


 手元に二枚のカード(ホールカード)表に配られたカード(ドアカード)が配られる。リントはゴクリと唾を呑み込んだ。


 最初のベッティングラウンドが始まる。


 フロンテリアに行けるかどうかは、このワンゲームに懸かっている。


 リントは緊張の面持ちで、コインに手を伸ばし、内心を気取られないように宣言した。


「コール」




 最後のターン。セブンスストリート。


 この時、ラウンドに残っているのは、リントとサージスの二人だけだった。このストリートで全てが決まる。


 サージスの額には汗が滲んでいた。


 彼や、既にフォールドしたオルバとザスカも、予想していなかったのだろう。このゲームで、リントがレイズを宣言するなんて。


 リントは今まで、誰かがレイズしても、コールかフォールドしか宣言したことがなかった。レイズは自信のある証拠。そんな相手に勝てる自信はなかったし、所持金が減るのも勘弁願いたかった。だから、そんな勝負に乗らずに、同じ掛け金を差し出すか、ラウンドから降りるかの、どちらかの選択しかしたことがなかった。


 だが今回は違う。フィフスストリートで強気にレイズを宣言したリントの姿は、サージスたちの瞳にどのように映ったのだろうか。


 リントの強い意思が引き寄せたのか、他プレイヤーに開示されたリントの手札(ハンド)が〝ストレートフラッシュ〟になる可能性もあるほど良いものだったこともあり、リントのレイズ宣言は大きな効果を発揮していた。


 最後のカードが配られる。このカードがスペードの7、Q、K、Aのどれかであれば、勝てる。


 リントは心の中で、それらのカードが手元に来ることを切に祈った。


 鼓動が高鳴る。目の前に差し出されたこの一枚に懸かっているのだ。


 リントは僅かに汗で湿った手でカードに触れ、それを自分の元へ引き寄せる。そして静かに中を見た。


 クラブのA。


 瞳孔が拡張し、呼吸が苦しい。鼻がツンとし、両目の奥から泉が湧いてきそうだった。


 終わった……。


 あれだけみんなに会いたいと思い、フロンテリアへのチケットを手にしようと頑張ったのに、届かない。


 フロンテリアへ行くのは意外と旅費がかかる。こんなチャンスでもない限り、リントにとっては当分行けない土地だ。


 だからどうしても勝ちたかった。でも、神は自分を見放した。大袈裟だと思うが、本当にそう思うくらい、リントは愕然とした。




 リントたち仲良し五人組の中で十一歳の誕生日を最初に迎えたジャンヌが村を出て行く日、彼らはある誓いを立てた。それは、リントが考えた提案だった。


〝ジャンヌ、ルカ、セフュ、シュタルク、リントの五人は、決して互いを裏切らず、自分の信ずる道を貫くこと〟。


 五人はリントが降って来た川辺で右手を出し合い、重ね合った。そして次に、それを天に向かって勢いよく伸ばす。太陽が眩しく、外郭すらも明確に捉えられないほどの光を放っていたのをリントは憶えている。


 この誓いが守られているかどうか、三年後のその日に確認する。


 リントはもう一度、五人全員が集えるように〝誓い〟を提案したのだ。あの約束を憶えていれば、あと一ヶ月ほどで彼らはこの地に戻って来る。


 その日まで一年を切ったあたりからは、毎日カレンダーの日付を消し込んでは眺める日々を過ごしていた。しかし、その一ヶ月すらももどかしい。


 本音を言えば、リントも彼らと同じくフロンテリアに行きたかった。だけど、できなかった。


 バレッジという村は、リントにとってとても大切で、様々な思い出が詰まる特別な場所。バレッジだけが、リントたち五人を結びつける唯一の目に見えるものだった。


 いつ誰が戻って来ても温かく迎えられるように、オレはここにいよう。


 リントは十一歳になった時、そう決意してバレッジに留まることを選択した。




 折角フロンテリアに行けるまたとない機会が今巡って来たのだ。ワンペアしか揃っていないからといって、簡単に諦めることなど到底できない。


 あと少しで届きそうな場所にいる。そう思い、サージスを前にリントは考えを改め、必死に思考する。


 相手にはリントがワンペアしか揃っていないことなど知る由もないのだ。勝てる方法ならまだある。さっきからリントが繰り返しているように、レイズで相手の戦意を喪失させればいいのだ。それ以外にリントがフロンテリアへ行く道はない。


「ベット」


 サージスが宣言。ここからが勝負だ。


 リントは努めてポーカーフェイスを装う。相手の戦力を完全に削ぐためには、それなりの行動が必要だ。リントは意を決したように深呼吸し、力強く言い放った。


「オールイン!」

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