036
「ルカがこんな所にいるなんて驚いたよ。研究所なんて、ルカにしては随分と閉鎖的な機関に入ったんだね」
「まあそれは……、紆余曲折があったから」
ふーん、とセフュが鼻を鳴らす。ルカは深く突っ込まれる前に、話題を変える。
「そんなことより、なんでセフュここにいんの?」
ルカが白衣のポケットに両手を突っ込みながらセフュを見上げる。訊かれてセフュはなんと答えたものか、と思案している様子だった。
「僕さ、〝神隠し事件〟の真相を調べてるんだよね」
鼓動が一瞬にしてルカの全身を駆け巡った。目が見開かれ、彼の質問に対する回答を弾き出そうと脳が急速に回転し始める。
なぜフュがその事件のことを調べているのか。それは疑問だったが、それ以上に恐ろしい疑問がルカの脳内に湧き上がった。
なんで〝神隠し事件〟の真相を調べてるセフュが第一研究所にいる?
それはセフュが〝神隠し〟に第一研究所が関わっていると睨んでいる、あるいはそう確信している証拠。ルカは僅かに唇を噛んだ。
誰がセフュをここへ差し向けたのか、そもそもセフュは一体何者なのか。訊きたいことは山ほどある。そのことを問おうとして、ルカはしかし口を閉ざした。もしここでルカがそのことに触れれば、〝神隠し〟と第一研究所との関係に疑問を抱かなかったことになり、双方の関係を暗に肯定したことになる。
「〝神隠し事件〟? なんでそんな事件調べてんの? ていうか、それでなんで第一研究所にいるの?」
口から出たのはそんな台詞だった。
自分が何を守りたいのか分からない。第一研究所の罪を暴こうとしているセフュにいっそ吐露してしまえば良かったのかもしれない。そうすればこれ以上人体実験が行われることもない、自分が苦しむこともない、リントが犠牲になることもない。
でも、できなかった。ルカはそのことに自分でも驚いていた。一体いつから自分は第一研究所の人間に染まってしまったのか。
セフュの視線が真っ直ぐルカに刺さる。その瞳から目を逸らしたくてもできない。
自分の様子を探られているような、何かを見透かしているような双眸を一度閉じると、セフュは軽く笑った。
「なんで調べてるかとか詳しいことは言えないんだよね。ここにいる理由も言えない」
「そう……。で、ここからどうやって出るの?」
「うーん……、テキトー? どうにかなるかなって」
「適当……」
「うん。見たところ研究所に監視カメラはなさそうだし、上手くすれば見つからずに脱出できると思うよ。それに、正面から出る必要はないしね。窓から出ればいい。さっきトイレ行ったら小窓があったよ。窓がなかったとしても、通気口から屋上に出られる。それだけで充分さ」
研究所に監視カメラが設置されていないのは、まだそれ自体が普及していないからだ。第二研究所が開発を担当しており、まだテスト段階のため、試験運用をしているのは第二研究所とフロンテリア入港の場所、そして犯罪者収容所だけである。運用実験のため、第二研究所の研究官がその仕様に問題ないか、カメラ映像を凝視していると聞く。
第一研究所の廊下に窓はない。あるのは各研究室だ。だが、研究室には研究官がいるし、いない時は鍵がかかっている。だから脱出の際は正面を通るしかないと思っていた。しかし、セフュの言う通り、思い出してみるとトイレに細身の人間であれば人一人出られそうな小窓なら付いている。セフュはそこから外へ出て、研究所の外壁を超えて街へ戻るつもりらしい。どんな場面でも一人でなんとかできてしまうセフュに感心する。