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ワールド・フラグメント  作者:
第四章 ルカ
35/111

035

「すみません。もうすっかり良くなりました。エルクリフさんの方こそ、無事囚人を引き渡せました?」


 守衛官の制服を身に纏った少年。柔らかな茶髪に黒縁のメガネ。見覚えがある。しかも、自分がよく知っている人物。


 だがしかし、ルカは首を傾げる。エルクリフと呼ばれた守衛官は彼のことを〝ロバート〟と呼んだ。自分が認識している人物の名前と違う。これは本人かどうか確かめる必要がある。ルカが思っている人物と同一であれば、色々と訊きたいことがある。


 ルカは階段を今下りてきた風を装って、何食わぬ顔で廊下に姿を現した。話していた二人の守衛官の視線がこちらへ向く。彼らの瞳に白衣を身に纏う少女の姿が映る。


 ルカは若い守衛官の反応を見定める。彼はルカの姿を捉え、暫し凝視してからニヤリと笑みを零した。直後、表情が一転、狼狽した様子で一歩前へ出る。


「あ、ルカさん、おはようございます。すみません、今日プレゼンする日でしたよね? ちゃんと憶えていたんです。でも当番だってことすっかり忘れてて、慌てて出たらルカさんにご連絡するの忘れちゃって……。本当にすみませんでした!」


 礼儀正しく深々と頭を下げる自称ロバート。白衣の胸ポケットにぶら下がった研究官証を見ればルカの名前を当てることは容易い。だが、彼とルカの距離で小さく記載された名前を読み取るのは難しい。


 それに何より、場の流れを瞬時に理解して会話する機転の速さ、そして利用できるものはなんでも利用する狡猾さ。それがルカに彼が〝ロバート〟でないことを確信させた。


 そっちがその気なら、こっちも話を合わせてやる。


 どうやら後輩設定らしいロバートに、ルカは優しくも厳しい先輩を演じる。


「ロバートくん、ボクもキミが当番だってことを失念してプレゼンを朝一に入れてしまったのは悪かった。だけど、気づいた時点で一言伝えるのは基本。分かったら早く研究室へ戻って。他の研究官たちも待ってる」


 プレゼンの話を彼が持ち出したのは、きっとエルクリフから離れるためだ。そう解釈したルカはその意を汲み取って、彼をプレゼンの部屋へ促す。


「分かりました!」


 勢いよく返事をしたロバートは一度くるりとエルクリフに向き直り、敬礼を披露する。


「エルクリフさん、そういうわけなので今日はここで。先ほどのお話はまた後日。こちらから犯罪者収容所にお伺いします」


 エルクリフは頷くと、次にルカに顔を向け、温和な笑みで会釈をした。感じのいい人だなと思いながら、ルカも会釈を返す。そこで彼女は重大なことを思い出した。扉に手をかけたエルクリフを呼び止める。


「あの」


 エルクリフの動きが止まり、芯の強そうな瞳がルカを見つめる。


第一研究所(こちら)の手違いで当番が二人派遣されてしまっています。きっと今頃犯罪者収容所(そちら)にもう一人の当番がいると思うので、その者には戻って来るように伝えて下さい」


 本物の当番がエルクリフを待っているはずだ。


 人体実験のことは第一研究所の者なら誰でも知っている。だから〝当番〟というものが存在することも、〝開かずの扉〟がどこへ通じているかもみんな知っている。しかし犯罪者収容所では、ごく一部の人間しかそのことを知らないと聞いている。当番が〝エルクリフ〟という人物を訪ねることになっているのもそのためだ。本物の当番は彼が戻るまで、ずっとその場で待機しているに違いない。


「解りました。伝えましょう。それでは」


 エルクリフは丁寧に一礼して〝開かずの扉〟の向こうへ姿を消した。きちんと施錠もしてくれたようだ。


 ルカはそれを確認してから、自称ロバートを横目で睨む。


「……で、ロバートくんはボクにこの状況をきちんとプレゼンしてくれるんだよね」


 抑揚のないルカの台詞に、彼はまいったなーと言わんばかりに頭を掻く。そのわざとらしい態度にルカは嘆息して、彼を正面から見据えた。


「セフュ、久しぶり」

「久しぶりー」

「ここで長話してると誰に見られるか分からないから、こっちに来て」


 ルカは空いていた第一実験室にセフュを案内して、鍵をかけた。実験が入っていない時間帯のため、二階から様子を見に来る人間はいないと思うが、もしいたとしても姿が見えないように入口と反対側で立ち話をすることにした。


 声が反響する広い実験室。気のせいか、微かに血の臭いが混ざっているように思う。

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