034
翌日。
〝人体蘇生術式〟が完成するまで、研究をして帰るだけの毎日が続く。ずっとそう思っていた。始業開始十分前までは。
ベルーナ研究室へ向かうため廊下を歩いていると、ルカはクラジーバとパースとすれ違った。その手には実験記録簿が握られている。ルカはそこで一度立ち止まり、振り返る。
まさか……。
ルカは急いで研究室へ入室し、乱暴に荷物を置いて白衣を持った。羽織りながら部屋を出る。
この時間、実験棟へ向かう彼ら。単なる実験だったらいいのだが、嫌な予感がする。アドラが脱走してからクラジーバ研究室は実験材料を調達していなかった。
ルカは既に姿が見えなくなっているクラジーバたちを走って追いかける。
実験棟への渡り廊下を通過したところで、ルカはクラジーバとパースの姿を捉えた。息を整え、彼らに気づかれないように後を追う。そして自分の予感が杞憂でなかったことがすぐに判明した。
彼らが足を止めたのは〝開かずの扉〟の前。そこにいたのは目隠し、手錠、猿ぐつわ、ヘッドフォンを装備した男と一人の守衛官。
ルカは階段を下りて壁に背を着け、僅かに顔を覗かせて様子を窺う。
「お疲れ様です」
穏やかな雰囲気を纏う守衛官がクラジーバたちに気づいて敬礼をする。それを見てクラジーバが一礼、そして怪訝そうな顔を守衛官へ向ける。
「第一研究所の者は?」
「彼でしたらトイレに行きました」
「そうですか……」
クラジーバは一言そう呟くと、先ほどと表情を変えることなく守衛官に訊ねる。
「あの、失礼ですが研究所に何かご用ですかな? 守衛官の方は通常研究所までは同行しませんので」
すると守衛官は彼の表情に納得したように朗らかな笑みを見せた。
「ああ、そのことでしたか。いや、誠に勝手ながら私も囚人の通る道を歩いてみたくなりましてね。というのも、先日第一研究所から囚人が逃げ出すという事件がありましたので、二度とあのようなことが起こらないようにできないかと、私なりに検証してみようと思ったのです」
守衛官の話にクラジーバの顔が僅かに歪む。
「……確かにあの件は、第一研究所側のミスです。申し訳なかったと思っています。ですが、あの一件があってから、この通路を使用するのは囚人を運ぶときのみという運用に変わりました。施錠失念を防止するため、わざわざ我々が守衛官の制服を身に纏い、偽の守衛官証を保持して犯罪者収容所に出向いています。それではご不満ですか?」
「いえ、そのようなことはありません。検証といっても、暇な犯罪者収容所勤務守衛官の戯言です。気になさらないで下さい」
終始笑みを崩さない守衛官にクラジーバは眉根を寄せていたが、軽く息を吐いて囚人を引き取った。
「それでは私たちはこれにて失礼致します。……トイレに行った彼、遅いですね」
「腹痛と言っていたので、長くなっているのではないかと」
「……それではきちんと施錠するように言っておいて下さい。では」
囚人の肩を抱え、クラジーバとパースが階段隣の第三実験室へ向かう。ルカのすぐ近くで実験室の扉を開け、そのまま中へ入って行った。カチャッと施錠する音が廊下に響く。
ルカの体に留まっている緊張が抜けない。相変わらず階段の壁に背を着けたまま、動かない。やはり新たな実験材料の確保だったのだということが分かり、唇をきつく噛む。
「あ、ロバートくん。腹痛の方は大丈夫だったかね?」
先ほどの守衛官の声が聞こえ、ルカは再び廊下に顔を覗かせる。そして、視界に飛び込んできた光景に瞠目した。