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ベルーナがリントを〝適合者〟だと言うのは勿論理由がある。
ベルーナの父親は学者で、彼の書斎には古い書物が積み重なるように置いてあった。その中にあった焼け焦げた跡のある一冊の本。著者はベルーナの父親だった。
彼女がその本について訊ねると、父親は言ったそうだ。嘗て見た夢の内容を書き記したのだと。当時の幼いベルーナは不思議とそれで納得したという記憶がある。しかし、学者である父親が記した本の内容が夢の話というのはおかしな話だ。父親は嘘をついているようには見えなかったし、本当にそうであると信じているようだった。
その本にはこの世に存在しない町のことが描かれていた。ドラゴンと呼ばれる飛龍とともに孤島で暮らす人々。彼らは白銀の髪に美しい蒼の瞳を持つ〝シルドラ族〟と呼ばれる少数民族。炎、水、風、雷、大地などの神々の力を借り、自然を操る。彼らと共存するドラゴンは、自ら炎を吐き、風を操る。ドラゴンは神の使いとされ、民族内で崇められているが、お互い意思疎通が可能で、助け合いながら生きている。シルドラ族は、神の加護を受けた存在。神の申し子と言っても過言ではない。
夢の話にしては難しい言葉や科学的考察などが書かれており、幼いベルーナは記載内容を理解できなかった。だが大人になり、今度は研究者という立場でその本を読んだとき、思ったのだ。
神の申し子がいるのなら、人体蘇生という人知を超える事象も引き起こせるのではないか。
それに、ベルーナにはその本に描かれている人間にも生物にも覚えがあった。
ちょうど八年前、クリスタルリングがフロンテリアの街に出現したその日、偶然ベルーナは仕事のためにフロンテリアから西方の町に足を運んでいた。バレッジの隣町、グリーンヒルである。蒸気機関車を開通させたいという町長の意向で、研究所から派遣されたのだ。
まだ打ち合わせをしていた最中、窓越しに青白い光が更に西の方に落ちたのを見て、その現象に興味が湧いた。そして翌日、ベルーナはバレッジに足を運んだ。
バレッジは渓谷のため、上方から村全体を見渡すことができる。村の様子を窺うようにベルーナは顔を覗かせ、自分の目を疑った。
沢山の人垣の中に一人だけ、明らかに違う人間が混ざっていたのだ。今まで見たこともない白銀の髪、そして美しく透き通った青い瞳。頭には彼の髪と同じく白銀に輝く小さな生物。
ベルーナは自宅に戻り、父の書斎であの本を再び手に取り確信した。そこに書かれていたことは単なる空想などではなく、事実なのだと。この世の定理では不可能だと思われていることが、実はそうではないかもしれないということを示していた。
それから彼女はアリスペル開発に力を注ぐと同時に、取りつかれたように人体蘇生の方法を模索し始めた。アリスペルが一般普及した後もそれは変わらず、バレッジからフロンテリアへ子供が来るという情報を入手し、そのうちの一人であるルカに目を付けて第一研究所へ引き込んだ。
ルカにとってリントの話は衝撃的で、聞いているうちにあれよあれよという間に高研院へ入れられ、第一研究所のベルーナ研究室へ引き込まれてしまった。
もし目を付けられたのが自分ではなかったら、今頃一体どんな人生を送っていたのか、と考えなくもない。しかし、考えれば考えるほど悲しくなるので、今ではそのことに思考を巡らせないようにしている。