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ガチャンという音がして、ルカは我に返った。ハッと顔を上げると、研究室にベルーナが入ってきたところだった。一瞬目が合い、何か言われるのではないかと危惧していたが、彼女は何も言わなかった。
ホッと胸を撫で下ろし、ルカは自分の研究に取り掛かる。
ルカの仕事は、より精度の高い〝人体蘇生術式〟を完成させることだ。勿論ベルーナから仰せつかっているもので、それが完成するということはルカの大切な仲間が犠牲になるということを意味している。
〝人体蘇生術式〟のベースとなるようなものは、ベルーナが長年の研究から既に開発していた。だが精度は低い。失敗が許されない内容なだけに、確実に成功するクオリティの高い〝演算魔法式〟を組み立てなくてはならないのだ。
そんなもの一生完成しなければいいのにと思う反面、前人未到の領域に足を踏み入れてみたいとも思っていた。矛盾した感情を抱えたままルカは手を動かす。
ベルーナは嘗てアリスペル開発の実験に携わっていた研究官である。彼女は今もその過去に囚われている。そして、自分が虐殺してきた人間全てをこの世に再び呼び戻そうとしている。表向きはアリスペルの精度向上研究と謳っているが、実際ベルーナ研究室は人体蘇生の研究しかしていない。
ベルーナは八年前に突如現れたクリスタルリングに目を付け、それがなぜ出現し、どのような力を秘めているのかを研究している。ゴルゴンゾーラはアリスペル発動に必要な魔法量の試算や測定器の開発など、そしてルカは〝人体蘇生術式〟の開発をしている。
「――バレッジのドラゴン使い」
唐突に発された言葉にルカの体が反応する。
「ゴルゴンゾーラの報告に依ると、今フロンテリアに来ているみたいだな。今は監察官の友人の寮に泊まっているらしい。当分はフロンテリアにいるようだが、彼が帰る前になんとしても術式を完成させて実行するぞ」
有無を言わせぬベルーナの瞳にルカは黙って俯く。脳裏にバレッジの渓谷の情景とそこで遊ぶ自分たちの姿が浮かぶ。そこには楽しそうに笑うルカ、そして頭に白いドラゴンを乗せた〝リント〟がいた。
ベルーナがリントに拘るのは、彼が特殊な人間だからである。
彼女がクリスタルリングを調べていく過程で、徐々にその正体が明らかになっていった。クリスタルリングは、〝時空の破片〟であるということが判明したのだ。
なんらかの事象により時空が乱れた時、空間が歪み、一部破損する。この世界と、全く別の世界へのパスが繋がる際に、破れた空間表面が結晶として大地に突き刺さったもの。それがクリスタルリングである。
ベルーナの言うところに依ると、リントはその時にこの世界に留まった人物らしい。
〝人体蘇生術式〟には巨大な魔法量と生贄が必要となる。その生贄とはただの人間ではなく、〝適合者〟でなくてはならないらしい。〝適合者〟は、それ自身が魔法に成り得る存在。解り易く言うと、自らで魔力を生成でき、体内からそれが枯渇することのない者。それがリントだとベルーナは力説していた。
普通の人間は魔力を自分の欲しい分だけ生成することなどできない。生まれつき魔法量は決まっていて、努力でどうにかできるものではない。