003
「皆も知っている通り、我が村バレッジは首都フロンテリアと交友関係を結んでいる。同じラスター領の者として協力し共に歩んで行くための条約じゃが、言葉を替えると、他領に寝返るな、裏切るな、ということを書面で誓わせる儀式じゃな。その調印式が十年に一度行われ、今年ちょうどその年に当たった。わしはもう年じゃし、あんな都会に行く元気もない。そこで、本当は息子に行かせるつもりじゃったんじゃが……」
村長に合わせて、皆の視線が一つの扉に集中する。そこからは、ゴホゴホと苦しそうな咳が漏れ聞こえてくる。
「今朝起きたら熱が出ているようで、これでは到底フロンテリアには行けん。そこで、若い男たちの中から今日出発できる者を探すために、お前さんたちに集まってもらったというわけじゃ」
本来同じラスター領といえど、主権は各町村が保有している。だから意思決定は各都市に任され、自由な政治が行われている。だが、それでもフロンテリアがラスター領の首都だと言われるのは、有事の際にはフロンテリアがラスター領の各都市を纏め上げ、指揮を執るという責任があるからだ。
フロンテリアはラスター領で最も大きな都市である。それは人口が多いということ以外に、研究熱心な都市であるが故に最先端を突き進んでいるからという理由がある。独自の技術を保有しているため、他の街がフロンテリアに何も言えない。誰もがあの大都市には敵わないと思っている。味方のうちはいいが、敵に回った時は身の安全は保障されない。
しかし、そんな恐ろしいフロンテリアでも、バレッジの民にとって魅力的な都市だ。それは普段生活している環境とは程遠い位置にある街で、彼らにとって非日常だからだ。都会への憧れもあるかもしれない。
そして今、目の前にフロンテリア行のチケットがある。村長の遣いとは、タダでフロンテリアを観光できる要素を含んでいるということだ。そんな好条件に男たちの心が動かないはずがない。
「で……、誰が行ってくれるのかね? 昼頃までに出発してもらわなくては、隣町から汽車が出てしまうんじゃが……」
ウェストポートシティ行の汽車のチケット、そしてそこからフロンテリアへ渡る船のチケット、その二枚を村長が差し出す。
「私が行こう」
突如リントの右隣に立つ巨漢のオルバが名乗りを上げた。それを皮切りに、残りの二人も手を挙げる。リントも慌てて腕を上に高く伸ばし、声を張り上げた。
「オレが行きます!」
こんなことになるなら、村長が適当に指名して行ってもらった方が早かったのではないかと思いつつも、自分にまで声が掛かったことにリントは幸運を感じていた。だが、その幸運を勝ち取れるかどうかは、自分のこれからの行動に依る。
村長は全員がバレッジの大使に志願するとは想定していなかったのだろうか、皺の多い顔に一層皺を刻み、唸っている。
「折角集まってもらったのにここでわしが決めてしまうのは申し訳ないな……」
村長は暫し腕を組んで考え込み、やがて何かを閃いたように表情を明るくした。
「そうじゃ! お主ら、よく酒場でカードゲームしてるじゃろ。えーと名前は確か……」
「〝セブンカードスタッド〟です」
左隣、メガネをかけたザスカの言葉にリントの体が瞬時強張った。
〝セブンカードスタッド〟、それはバレッジに一軒しかない酒場で男たちがよくやっているカードゲームだ。ルールはポーカーに似ている。違うのは手札の交換がないこと、手元に配られる七枚のカードの内の五枚で相手より強い役を作ること、三ターン目から六ターン目までは表向きに配られるということだ。
リントは嘗て一度だけ酒場で混ぜてもらったことがあるが、その時は自分のお金を摩って終わった。それ以降、ギャンブルはしたことがない。だが、リントの周りにいる三人は違う。彼らがそういう類のゲームを好きな理由は、穏やかな生活の中にも少しの刺激を求めているからだろうと思う。
「わしはあまりルールを知らんから、お主らに任せるわ。勝った者はわしのいる部屋までチケットを取りに来るんじゃぞ」
村長は楽しそうにフォッフォッと笑って、奥の部屋へ消えてしまった。
その場に残された男四人は、咳が漏れ聞こえる部屋でお互い顔を見合わせる。
「リント、お前はどうする? このゲーム苦手じゃなかったか?」
正面に座る五つ年上の温和な男サージスに言われ、リントは俯く。
「でもオレ、どうしてもフロンテリアに行きたいし……。そ、それに、今回は勝者を決めるだけなんだから、お金賭ける必要もないでしょ?」
淡い期待を込めた言葉に男たちは顔を困らせた。その様子から、それがすぐに破られることは想像に難くない。サージスは三人を代表して言いにくそうに口を開いた。
「リント、それじゃこのゲーム意味がないんだ。自分が失いたくない何かを賭けなければ、ゲームから降りることが成り立たないだろ? それにこれは俺の意見だけど、勝った奴に支払われるお金は餞別として渡せばいいかなって思ってるんだ。どうかな?」
リント以外の二人はすぐにサージスの意見に賛同した。リントは口を噤む。だがやがて、彼は意を決したように顔を上げた。
「分かった。オレもゲームに参加する!」
お金なんてどうでもいい。そもそも、まだ負けると決まったわけではないのだ。運さえ良ければ勝てる!
サージスは勢いよく吐き出されたリントの台詞に微笑を溢してから、立ち上がった。
「よし、決まった。じゃあこれから酒場に移動しよう。そこにチップもあるし、酒場の方がやりやすいだろ」