027
そんなの関係ない。友達だからとかそういうことじゃない。そもそも生贄を用意するなんておかしな話だ。だけど、本当に? と問い掛けるもう一人の自分がいる。
もし人柱として選ばれた人が全く見ず知らずの関係ない人だったら、それでも同じことが言えるだろうか? 助かる命が多いなら、一人の知らない人間を犠牲にする選択をしてしまうのではないか?
そんな考えが脳裏をよぎり、それを追い払うように一度目を閉じる。
「とにかくベルーナさんのやろうとしてる方法は間違ってる。たとえばクローンとか、他にその目的を達成できる方法を探した方がいい。第一研究所にあるでしょ、クローン研究してるガザリー研究所。ゴルさんはそう思わないの?」
「『ゴルさん』なんて呼ばないで!」
ゴルゴンゾーラは『ゴルさん』と呼ばれることを非常に嫌う。名前が男らしいのに、見た目が女性のように美しいために、彼はそれをコンプレックスに感じているようだ。そんな理由があって、彼は女なのに男らしいベルーナを崇拝している。
「…………」
一喝されて沈黙するルカ。対するゴルゴンゾーラはハァーッと吐息を漏らした。
「そんなの探したに決まってるでしょ? クローンも検討した。だけど、オリジナルじゃないと意味ないって結論になった。クローンはいわばオリジナルのコピー。でもただのコピーじゃない。寿命も能力も劣る模造品だった。しかも、出来立てのクローンは赤ん坊。当時、実験にクローンを当てようという話も持ち上がったけど、とてもじゃないけどクローンが成人になるまで育てる時間なんてないし、費用もかかる。だから実験でクローンは使用されていない。一応誕生したクローンは成長過程を観察するために研究室で育てられたらしいけど、既に死亡してる。それくらいのこと、ルカちゃんも知ってるでしょ? 昔ガザリー研究室のメンバーに聞いたんだけど、完全なクローンを作れるようになるのは遠い未来の話らしいよ」
今の技術ではオリジナルの完全コピーは作れない。アリスペルという摩訶不思議なシステムの構築に成功しているにも拘らず、そちらの分野の進捗は遅いらしい。きっと第一研究所の人間は、アリスペル開発という一見華やかに見える研究に憧憬を抱いて入って来た者が多いからだろう。
「だからオリジナルを使用するのは致し方ないことなんだよ。この方法でしか第一研究所の罪を帳消しにすることはできない。――ベルーナさんの気持ちも解ってあげた方がいい。アリスペルをこの世に送り出すに当たって犠牲になった数百もの命。目の前で無惨にも散っていく彼らを見て、精神が壊れなかったはずがないんだから。ベルーナさんはまだあの過去から抜け出せていない。だから彼女は今の計画を遂行することによって、心にかかった負荷を少しでも軽くしようとしてるんだよ」
解っている。今ベルーナの精神を保っているのは、過去犠牲になった人たちを救うことができるかもしれない、という一縷の希望のみ。その望みが潰えた時、同時に彼女自身も崩壊してしまう。
「……でも、そんなのエゴだよ。一度死んだ人間を生き返らせるなんて、そんな神の力が人間に与えられてるわけないし、与えられていいはずもない。そんなことしたら、ケルベロス出てくるよ」
「ケルベロス出てくるよって……、ルカちゃん面白いね」
以前読んだ本に載っていた。人体蘇生を目論んだ人間がそれを実行したところ、三つの頭を持つ冥府の門番が現れたという話。まあフィクションだろうが。
「結局ベルーナさんは過去の罪をなかったことにしたくて、自分自身を楽にしてあげたくてやってるの。それは犠牲になった人たちのためなんかじゃない。自分自身のためにやってることなんだよ。悪いことをしたと思ってるなら、その罪と向き合って世間に公表して、二度とそんなことを起こさないように誓うのが筋」
ルカの訴えはゴルゴンゾーラの表情を歪めた。彼の冷たい視線がルカに刺さる。
「ルカちゃんの言うことは正論すぎて詰まらないよ。正論を言うことなんて誰にでもできる。でも正論を並べるだけじゃどうしようもないことも世の中には沢山あるんだよ。ルカちゃんはもっと世界を見た方がいい。……ごめん、時間取らせちゃったね」
ゴルゴンゾーラはさっと立ち上がり、椅子を戻して自席で実験の続きを始めた。ルカは口を引き結んで、拳に力を込める。