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ワールド・フラグメント  作者:
第三章 セフュ
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024

 程よい緊張がセフュの体内を駆け巡る。


 扉の内側に入ってから施錠し、目の前の階段を下る。すると上下左右石で造られた廊下が姿を現した。壁の上部には松明のようにランプが等間隔で設置されて、その場を薄暗く照らしている。


「頻繁ではないにしろ、何人もの囚人たちがこの通路を通った。私はその度に、胸が締め付けられる思いがするんだ」


 セフュは苦しそうな表情を浮かべるエルクリフを見つめる。


「君は向こう側の人間だし、これは君が決めたわけじゃないから、私には君を責める権利なんてない。だが、先日初めて脱走者が出た。君も知っているだろう?」


 セフュの脳内に一人の人物の名前が浮かび上がる。


「〝№31〟のアドラ=ドラスキーだ」


 やはりそうだ。この通路はアドラが連れて行かれた謎の施設に繋がる道。


 それが分かるとすぐ、セフュが理解できていなかったエルクリフとの会話が繋がった。


 〝当番〟というのは、囚人を施設に連行する要員のこと。〝向こう側の人間〟というのは、セフュが施設の人間だという意味。


 だが、それが分かるのと同時に幾つかの疑問も湧いてきた。


 アドラは施設から逃げ出すことに成功している。しかし、どうやって?


 階段は扉に挟まれ、それぞれの扉は施錠されている。それに、この通路の扉から姿を現さなかったセフュが当番だと勘違いされた理由も分からない。わざわざ施設の人間が守衛官に扮してエルクリフに話しかけるという手筈になっているのだろうか。


 もしそうだとすれば考えられる理由は、通路の開錠回数を減らし、施設から脱走できる隙を与えないためか。それが事実なら、余計アドラの脱走は難しくなる。鍵を入手しない限り、脱走は不可能だからだ。


「彼は命からがら逃げてきた。そして収容所に助けを求めてきた。それが何を意味するか分かるかい? あそこは収容所より残酷な場所だということだ」

「…………」


 セフュは〝向こう側の人間〟として静聴している。


「一時は釈放されたはずのアドラが収容所内をうろついていた。それを見た守衛官が訳も分からず前と同じ牢にアドラを収監したが、その後移動させられ、今では完全な個室に監禁状態。施設の存在を知ってしまった彼が釈放されることは、まずないだろう。おそらく政府の権限によって、秘密裏に処刑されるのだろうな」


 そこでエルクリフは悲愴に満ちた表情で深く息を吐いた。


「そんな非人道的なことが行われていることを知っていながら、私たちは何もすることができない」


 エルクリフの強い眼差しがセフュを捉える。


「若いのにそんな辛い仕事に抜擢されるなんて君も可哀相だが、それはつまり研究所が君の将来を保障している証でもある。だがそれと同時に、知った以上、君は研究所から抜け出すことはできない。一生この秘密を抱えたまま生きていき、墓場まで持って行かなくてはならない。君はそのことに対してどう思っているんだい?」


 エルクリフに投げかけられた問いの前に、セフュは気づいてしまった。今自分たちが歩く道の先が一体どこであるのか。


 エルクリフは確かに『研究所』と言った。フロンテリアにある研究所は全て研究省の管轄であり、三つ存在する。セフュは、方向感覚はいい方である。犯罪者収容所から西に真っ直ぐこれだけの距離を歩いた先にあるのは〝第一研究所〟。主にアリスペルの研究を行っている、研究所の中で最も華があり、功績を出している研究機関である。


「ロバートくん?」


 黙考するセフュの顔を覗き込むエルクリフ。その声でセフュは我に返った。


 第一研究所で一体何が行われているのか分からないが、エルクリフはそのことをよく思っていない。これは上手くすれば、彼を味方にすることができるかもしれない。


 セフュはやや俯き、声を低めた。


「僕も研究所のやっていることには憤りを感じているんです。でも、エルクリフさんが仰ったように僕の力ではどうすることもできない。研究所側の人間である僕一人では……」


 苦渋の表情を浮かべるセフュをじっと見つめてから、エルクリフは瞼を下ろした。立ち止まって暫しの間黙考に浸る。


 やがて開かれた彼の正義感溢れる瞳は、闘志を宿していた。


「私は一生このまま誰にも悟られないように秘密を保持したまま死んでいこうと思っていた。自分にはどうしようもないことだと自分自身を納得させ、非道な現実から逃げていた。だが、このまま人生を終えるのはエルクリフ一生の恥。つい若いから君には色々話してしまったが、話したのが君で良かった。――ロバートくん、私に協力してくれる気はないかね? 研究所の人間と収容所の人間がいれば、相互の情報共有もでき、現状を打開できる術が見つかるかもしれない。共にフロンテリア政府を正してはくれないか?」


 エルクリフから差し出された右手にセフュは目を落とす。


 情報屋は情報収集をして客に売るだけの仕事である。それ以上でもそれ以下でもない。


 今セフュの目の前にある右手を握るということは、それ即ちエルクリフと協同して第一研究所の悪事を暴くということに他ならない。明らかに情報屋の仕事の範疇を超えている。


 だが、エルクリフからの申し出はセフュが望んだことだった。今のままではアリアからの依頼である〝神隠し事件〟についての質の良い情報を提供することはできない。ここでエルクリフと手を組めば、少なくともアリアからの依頼はクリアできるはずだ。


 今回の件と〝神隠し事件〟が関係していないわけがない。危なくなったり、手に負えなくなったら、エルクリフには申し訳ないがフェードアウトすればいい。どうせ彼には偽名しか名乗っていないのだから。


 セフュは自分の右手を前に出し、エルクリフのそれを力強く握った。


「こちらこそエルクリフさんと一緒に政府に立ち向かえるなんて心強いです。一緒に頑張りましょう」


 やる気に満ちたエルクリフに、セフュは上辺だけ上手く形成した好青年らしい笑顔を向けた。

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