022
裏でやり取りのある知り合いに青バッジの複製を作ってもらって、その日はシュタルクの寮に戻った。これで、監察棟に入りたいときは自由自在だ。
「――腕立て伏せ一万回」
仕事を終えて戻って来て早々、シュタルクは目が笑っていない笑顔を貼りつけ、セフュに言い放った。
「ごめんちゃい☆」
セフュはテヘペロッとウィンクしてみる。この顔はシュタルクの制服に付けたバッジとまさに同じ顔だ。
これがシュタルクのイラッを助長させたのだろう。
「腕立て伏せ二万回やりてぇみたいだな!」
なんと倍になってしまった。
折角可愛く謝ったのになーと思いつつも、シュタルクがどうやら本気らしいことを悟り、セフュは仕方なく土下座で謝ったのだった。結果として、五千回で手を打ってもらうことができた。
シュタルクがどこからか出してきたカウンターを片手に、セフュはぴったり五千回腕立て伏せをさせられたのだった。睡眠時間が大幅に削られたにも拘らず、シュタルクが終始笑顔だったのが恐ろしい。シュタルクのいつもの調子が軽いから、怒らせると怖いのをすっかり忘れていた。
翌日、シュタルクはちゃんと青バッジが付いていることを確認して仕事へ向かった。
「ねえリント、もしかしたら僕二、三日戻らないかもしれないから、シュタルクに宜しく伝えといて。ジャンヌのお店に行くまでには戻って来る予定だから、一応」
「え、どこ行くの?」
スニーカーの紐を結ぶセフュの後ろでリントが首を傾げる。
「ちょっとね。……あ、別にお姉さん沢山いるような怪しい場所じゃないよ」
意地悪くニヤリと笑い、リントに目を見やると、彼は頬を少し赤らめ口を尖らせた。
「べ、別にセフュがそんな所に行くなんて思ってないよ! 分かった、シュタルクにはそう言っとく」
セフュは、それじゃあ宜しく、と手を振って扉を閉めた。
あまり幼馴染以外の女の子と話した経験がないリントにあの手の冗談を言えば、そちらに気がいってセフュの話に深く突っ込んでこないだろうと思っていた。案の定だ。それに、お姉さんの所に行くなら、こんな朝っぱらから出て行かない。
セフュは地下鉄に乗って北区の犯罪者収容所前までやって来た。先の尖った細い槍が連なったような高い檻で囲まれ、侵入は難しい。門の前には厳つい守衛官が二人配置されている。
セフュは知っている。朝八時に周辺巡回のために外に出てくる守衛官がいることを。
セフュは収容所の裏手の道に身を潜めた。巡回は万が一にも脱走した囚人がいないかどうかを見張るためのものだ。そのため、巡回ルートは収容所の周辺である。セフュが隠れた場所は守衛官が通る道だ。
三十分程して青い制服を着た三十代後半くらいの男性が、セフュの隠れる電柱の前を通過した。彼は気づく様子もなく、巡回を続けている。
守衛官が完全にセフュに背中を向けたそのとき、電柱から一歩踏み出す。だが、さすが犯罪者収容所勤務を任されるだけのことはある。自分以外の靴と地面が擦れる僅かな音に反応し、身を翻そうと体を捻る。セフュは反射的に彼が振り向こうとした側と反対側へ跳び、守衛官がセフュの姿を捉えるより速く、手刀を首元に見舞った。守衛官はドサッという鈍い音を立てて、地面にうつ伏せに倒れ込んだ。
「あちゃー。筋肉痛で力加減間違えちゃったよ」
手をパンパンとさせてから、セフュは彼の身ぐるみを剥がし始めた。