021
三階はこの監察棟の最上階である。二階から三階へ上がる階段の前には二人の守衛官が立っており、胸元のバッジの色を確認している。
セフュは感じよく守衛官に会釈をして、彼らの横を通過。そのまま階段を上がった。赤い絨毯が敷かれた荘厳な雰囲気が漂う廊下を進む。
その絨毯敷きの廊下を進み、セフュは一つの部屋の前で立ち止まった。両扉の部屋の上には〝資料室〟と書かれたプレートが。
なんて分かりやすいんだ、と思いながら扉を開けて中に入る。そこには、木造の棚が幾つも並んでいて、年代ごとにバインダーで整理されていた。いつからの調書があるのか分からないほど膨大な量だ。
セフュは背表紙を見て、アドラ=ドラスキーが収容所に送還されたくらいの時期のバインダーを探して手に取る。そして彼の名前を頭に思い浮かべながらページを捲り、名前を探してはまた捲った。
どれくらいそうしていただろう。バインダー六冊くらいは見ていた。目当ての名前が出てきたのは、それくらいのときだった。
「あった……」
セフュは思わず疲れた声でそう漏らした。重いバインダーを片手に、人差し指を当てながら調書を読んでいく。
それから数分後、セフュは反射的に調書から目を上げた。素早く扉から遠い本棚に移動し、背を向けながら入口の方に僅かに目を向ける。
セフュがそんな不審な動きをしたのは、知っている声が彼の鼓膜を振動させたからだ。
「それにしてもA級監察官の証であるバッジを忘れるなんて、A級の自覚ないでしょ。代わりに変な顔のバッジを付けてくるなんて、やる気がないにも程がある」
呆れ顔で溜息を漏らす少女。その横には一人の監察官。
「やる気はねーけど……」
「何か言った?」
「いえ何も」
「やる気は起こすものでしょ」
「聞こえてんじゃねーか!」
「口の利き方!」
「……サーセン。でも一つ言わせてもらうと、あのふざけたバッジはおれが付けたものじゃないんですよ! 久々に会った友人が付けたんです。帰ったら締め上げてやろうと心に固く誓ってます! 今からどうやって締め上げるか楽しみなんだよな……」
フフフと低い笑い声が彼から漏れる。そんな様子を遠くから窺い見るセフュ。
へぇ、僕帰ったら締め上げられるんだって。ていうか、僕の顔を模ったバッジを〝変な顔〟とか〝ふざけた〟とか形容するってどうなの?
内心で少しだけムッとしてから、セフュはニッと笑みを溢した。
監察官長のアリアと一A級監察官のシュタルクが繋がっていたという事実。
昨日セフュが大きな案件を抱えているのかとシュタルクに問うた時に彼の体が反応したのは、やはり〝神隠し事件〟の話をアリアと共有していたからなのだ。
基本的にA級は日常的に大きな案件を担当しているはず。それを考えると、シュタルクの体が反応した理由はいつもより大きなもの、つまりはセフュがアリアに話した〝神隠し事件〟について知っていたからだろうと推測できるわけだ。
あの二人が資料室に足を運んだのは、過去の聴取内容を調べるため。だが、彼らがセフュと同じ仮説を導き出したということはないだろう。セフュは元囚人の話を全てアリアに話しているわけではないからだ。
とすると、彼らは彼らなりに〝神隠し〟の真相を調べているのだ。ということは、今セフュが持っているバインダーは元の場所に戻して、彼らにバレないうちに早々に退散した方がいい。大体知りたかったことは知れたし、もう資料室に用はなかった。
セフュは二人に見つからないように気をつけ、器用に扉の音を立てないように資料室を出た。
階段を下りながら、セフュは軽く肩を落としつつ、溜息を吐く。
アドラ=ドラスキーに変わったところはなかったな……。
彼の年齢は当時十五歳。事件発生から四年が経過しているから、今は十九歳だろう。罪は殺人。犯行理由は、金銭トラブルとあった。
唯一の頼みの綱であったものから有効な情報が得られなかった。それはつまり情報収集の行き止まりを意味する。
「あそこには行きたくなかったんだけどな……」
セフュは誰にも聞かれないように言葉を溢し、監察棟を後にした。