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セフュは更にその元囚人に質問を重ね、一つの有効回答を得た。彼がその話を知っていたのは、同じ囚人仲間に出所命令が下されたことに端を発している。
懲役が終わるまでまだ時間があったにも拘らず、呼ばれて収監室から出て行った仲間が一日後、必死な形相で戻って来たのだ。折角出て行ったのに戻って来るなんて、物好きもいるもんだと思っていたら、彼は〝逃げてきた〟と話したのだと言う。どこだか分からないが、目隠しをされて身動きが取れない状態で腕に注射を何本も打たれたらしい。そう言って見せた彼の腕には青あざが複数あったそうだ。そして、なんとか脱出の機会を窺い、運よくそこから逃れることができたらしい。とにかく逃げるのに必死で適当に走っていたら、収容所に辿り着いたのだそうだ。
その何本も注射を打たれた不運な彼が、訳も分からない施設に捕らえられているときに偶然耳にした内容が〝神隠し事件〟だったというわけだ。収容所と繋がっていたことを考えると、その施設は政府の所有物だったのではないか、とその囚人は考えたらしい。それで〝神隠し事件〟に政府が関与しているという話が出来上がったようだ。
意外と話はまともで筋も通っている。嘘だと一蹴するには惜しい話だ。だからセフュはその話を信じたし、アリアに伝えたときには〝神隠し事件〟にフロンテリア政府が関与しているかもしれない、と表現したのだ。
話を聞いた元囚人に、不運な囚人の名前は聞いていた。アドラ=ドラスキーというらしい。
通常囚人は番号管理をしているが、彼らは収容所内で相当仲が良かったらしい。所謂、馬が合った、というやつだ。だからお互いの名前も知っていたというわけだ。
セフュは自分が得た情報をメモに取ることはしていない。全て記憶するのだ。メモを取るということは証拠を残すということ。万が一そのメモを盗まれたとしたら、全ての情報が漏洩してしまう。その危険を回避するため、セフュは自分が得た情報を正確に全て脳内にメモしている。
監察所での聴取内容を知りたいのは、その不運な囚人について調べるためだ。彼がなんのためにどこへ運ばれたのか分かれば、〝神隠し事件〟の真相が判明する可能性は充分にある。
調書は犯罪者収容所に送られる前に作成されるものだが、起訴に至るまでの取り調べは法務省の人間の他に監察も行い、記録を残している。なぜなら監察の持ち物である監察所に容疑者たちが一時収容されているからだ。だから、どういう経緯で犯罪者収容に送還されたのか、聴取内容を見ることができれば分かるはずなのだ。
犯罪者収容所と謎の施設が繋がっていることを考えると、上空から見れば一目瞭然なのかもしれないが、まだそれは試していない。一つ前の依頼内容とは関係なかったからだ。
だが、今回アリアからの依頼を考えると、犯罪者収容所内の詳細な地図か何かを入手する必要がある。上空から収容所を見る必要がないと判断したのは、収容所と謎の施設が地下で繋がっている可能性が高いと踏んでいるからだ。
施設は明らかに隠している存在だ。悟られないためには、誰もが簡単に出入りできそうで、しかも突き止められてしまう可能性のある地上には設置しないだろうというのがセフュの仮説である。
セフュは情報提供をしてくれた心優しいB級監察官に笑顔で礼を述べた。
「ありがとう。えーっと……名前は?」
脅しとも取れる発言をしてきたセフュに名前を教えるなんて、と渋るB級監察官。だが、ここで名乗らなかったら何をされるか分からないという強迫観念から、彼は低い声で答えた。
「パースです……」
「パースくんね。もしまた何か分からないことがあったら、そのときは君に訊くよ。なんたって僕たちは一蓮托生だからね」
「………………」
表情を引きつらせるパースを無視して、セフュは、それじゃ、と軽く手を振って階段で三階へ向かった。