019
彼の言葉にセフュは内心ドキッとした。今回は時間がないことを理由に特に下調べしなかった。シュタルクの口が堅かったこともあり、監察内部における有効な情報を引き出すこともできなかった。
だがセフュはその内心を気取られないように、苦笑を見せる。
「実は僕、最近A級になったばかりでね。まだよく解ってないんだよ。というのも……」
セフュは先ほどのように声を潜め、B級の男の耳元で囁く。
「政府から特別に派遣された要員なんだ。だから君たちのようにB級から上がったわけじゃない。予めA級としての権限を与えられているだけのド素人なんだ。だから分からないことだらけなんだよ。でも、監察内部のこと知らないA級なんて恥ずかしくて言えない。勿論政府から特別に派遣されているなんて重要事項を漏らすわけにはいかない。だからさり気なく訊こうと思ってたんだけど……。今回は不審者だと疑われては堪らないから君に素性を明らかにせざるを得なかったけど、これは絶対誰にも言わないでね? もし漏らしたら僕だけじゃない、君も一緒に職を失うことになりかねないからね」
にっこりと微笑むセフュ。対するB級監察官はゴクリと唾を呑み込んだ。とんでもないことを聞いてしまったという強張った表情をお披露目している。
それを見て、我ながら上手い言い訳だとセフュは心の中でえげつない笑みを浮かべた。この話がすらすら出てきたのは、昨日シュタルクからA級監察官の仕事について聞いていたからだ。
A級監察官は政府から直接下された命令を実行することもある、ある意味特殊部隊のようなものだ。そこに監察官ではないプロを紛れ込ませることも有り得ない話ではない。
「声をかけるとき、僕はその人物を見極める。君は口が堅そうだし、優秀そうだから話し掛けたんだ。僕の目に狂いはないよね?」
脅迫まがいの微笑みは邪悪であるはずなのに、なぜだか白い。少なくとも表面上は。
「それで、A級だけが調書を見られるっていうその権限だけど、どこかの部屋にあるとかそういうこと?」
首に腕を回され、完全にセフュの手中に落ちてしまった憐れな監察官は、苦い顔をしたまま観念したように口を開いた。
「……監察棟三階はA級の方々しか入れないようになっているんですが、そのフロアの一室に格納されているらしいですよ」
ふーん、とセフュは鼻を鳴らす。
セフュが監察所の聴取内容を知りたいのには勿論理由がある。
アリアからの依頼の一つ前の依頼。内容は犯罪者収容所の内情について知りたいというものだった。
その依頼のために犯罪者収容所から釈放される囚人を待ったり、情報屋ネットワークを利用して元囚人の居場所を突き止めて話を聞いたりした。
その時に〝神隠し〟に政府が関わっているかもしれないという話がドロップされたのだ。
元囚人たちは金さえ与えれば情報を提供してくれる。三度の食事が確保されていた犯罪者収容所内とは違い、外の世界では先立つものが必要だからだ。
一人の元囚人の話だ。信憑性はない。だが金を与えたからって、こちらが訊きもしないことを勝手に話し始めた内容がそれだ。語った彼の誇らしげな顔といったらなかった。
それでセフュは思ったのだ。火の無い所に煙は立たない。仮に彼の話が嘘だとして、そんなスケールの大きな話すぐに思い浮かぶものではない。だとすると、彼はどこからかその話を聞いた、あるいはなんらかの情報から推測した可能性が高いと。