018
本当であればシュタルクが仕事へ行っている間、リントのフロンテリア観光を頼まれたのだが、セフュはシュタルクからのその要望を簡単に撥ね退けた。
「こう見えて僕、結構忙しいんだよ」
そんな風に答えたはいいが、放浪者であるセフュが現在フロンテリアにいて、どこに忙しいことがあるのかと問われてしまった。なかなか鋭いと思いつつ、そこは適当に誤魔化した。
リントも、別にオレのことは気にしなくていいよ、と言っていたし、そもそもセフュは今本当に忙しいのだ。悪いが、リントのフロンテリア観光に付き合ってあげている暇はない。それに、セフュ自身だってそんなにフロンテリアの観光名所に詳しくないのだ。
アリアに頼まれた〝神隠し〟に関する情報集め。政府が本当に関与しているのだという確たる証拠を一週間以内に掴まなくてはいけない。完全に強制的に引き受けさせられた仕事ではあるが、これで何も情報を提供できないというようなことがあっては、プロの情報屋としての名が廃る。
翌朝、セフュはシュタルクを見送って少し経った頃、リントを家に残し中央区へ向かった。
地下鉄を乗り継ぎ、監察棟前で下車する。地上に上がると、守衛官たちが街の保安維持に努めている。彼らはセフュを見ると、皆例外なく整然とした敬礼を向けてきた。セフュはそれを一瞥するだけに留める。セフュの中でのA級監察官のイメージである。
守衛官二人が横に立つ監察棟入口を難なく通過。意外と警備が緩いんだなと思いつつ、ほくそ笑む。
簡単に監察棟に潜入できたのには訳がある。
セフュが身に付けているのは、監察官の制服そのまま。胸元には青バッジが光っている。
シュタルクの部屋には監察官の制服が二着あった。そのうちの一着を失敬してきたのだ。
だが、それだけでは簡単に監察棟内に侵入できない。監察官の等級を示すバッジは一人一つしか与えられないからだ。シュタルクが付けて行ってしまったら、監察官証などの身分証明を提示しない限り、中には入れないだろう。すぐに監察官証を偽造することもできないし、何より時間がなかった。
だからセフュは仕掛けたのだ。
シュタルクがかけた目覚ましを彼が寝ている間にリセットし、寝坊させる。昨日彼が飲んだ酒の量を考えても、アラームが鳴らなければ起きないのは分かっていた。そして、走ればギリギリ間に合う時間にシュタルクを起こす。慌てて着替える彼に、既に青バッジが外されたジャケットに袖を通させる。正確に言えば、セフュが放浪している時に作ってもらった自分の顔を模った銀バッジを代わりに付けたものだが。
とにもかくにも、シュタルクはセフュの思惑通り、まんまと青バッジなしで出勤したというわけだ。今日監察棟に入るときに守衛官に止められ、そこで初めてウィンクしているセフュの顔のバッジが輝いていることに気づき、シュタルクは青ざめたことだろう。
その代わりといってはなんだが、セフュが青バッジを胸に携え、A級監察官然として出勤したのだ。
まずはリントがトイレに行っている間に制服を持って家を出る。地下鉄のトイレで着替え、来ていた服はコインロッカーに押し込める。そして、何食わぬ顔で街中を歩く。これでA級監察官のセフュの完成というわけだ。
セフュは監察棟に入ってすぐ、そこら辺にいた監察官に声をかけた。バッジの色が金であるから、きっとB級だろう。
セフュと同い年くらいのB級監察官は、声をかけられたことに驚きつつ完璧なまでの敬礼を披露した。
「おはようございます!」
「おはよう。あのさ、ちょっと教えてほしいんだけど……」
セフュはそう言ってから辺りを見回した。誰も自分たちの会話に気に留めている様子はない。それを確認してからセフュは声を潜める。
「君、監察所で聴取したことある?」
なんでそんなこと訊くんだと言わんばかりに眉を顰め、それでもA級からの質問に彼は素直に答えた。
「ありますけど……」
彼の回答に、セフュは気づかれないように口角を僅かに上昇させる。
「そう。もしよければ、今まで聴取したことのある人たちの話を聞かせてくれる? お昼くらいなら奢ってもいいよ」
セフュの質問に顔を顰めていたB級監察官の表情が途端に戸惑いのそれに変わった。
「A級の方に奢ってもらうなんてとんでもない! そんなことしていただかなくても、監察所での聴取内容くらいお教えします。それに……」
彼はそこまで言葉を発して、セフュの不審さに気づいた。眉根を寄せ、明らかに先ほどの敬意を払う目とは違ったものとなっている。
「……A級の方であれば、過去の聴取内容や調書が見られる権限が与えられているじゃないですか」