017
「セフュ!? ……が、なんでおれの家にいんだよ……」
帰って来るなりシュタルクの驚きの声が部屋中に響き渡った。そして、そのテンションのまま続ける。
「お前、生きてたのか! てか、随分元気そうじゃん。今まで何してたんだよ!」
「いやあ、生きてるっしょ。ていうか、元気そうっていうか別に普通?」
「で、今何してんだよ」
興味のない話はスルー。そういうところは相変わらずだな、とセフュは思う。マイペースというかなんというか。
「今……というか、僕放浪の旅してるんだよ。色んな土地を巡って見聞広めて、奥行きのある人間になりたくてね」
情報屋のことは二人に言うつもりはない。情報は金になる。それは自分のことも例外ではない。職業柄なのか、無料提供なんて真似はしたくないし、何よりできない。
「シュタルクこそ今何してんのさ? この寮に住んでるってことは監察官様なんでしょ?」
相手から情報を引き出すのは多ければ多いほどいい。特にフロンテリアという一つの都市に雇われているシュタルクのような公務員からの情報は聞いておきたい。
シュタルクはテーブルの上にどこかで買ってきた惣菜を並べ、三つのコップにそれぞれ無色透明な酒を注ぎ込もうとする。
「あ、シュタルク、僕お酒苦手だから他のもの勝手に貰うね」
「お、おう。セフュお前酒苦手?」
「残念ながらね」
苦笑を浮かべ、冷蔵庫から先ほどと同じレモネードのペットボトルを取り出す。背後からはシュタルクがリントに飲酒の勧誘を行っている声が聞こえる。
フロンテリアでは飲酒は十三歳から合法化されている。十三歳から働く者が多いという理由らしい。仕事の鬱憤を晴らすには、これが一番だ。
セフュは本当は特に酒が苦手なわけではないし、むしろ自分では強い方だと思っている。だが相手の話を記憶しようと思ったら飲まない。セフュはそう決めていた。
「それで? 監察官ってどんなことしてんの?」
シュワシュワと炭酸が弾けるコップを片手に、セフュは話を促す。
「C級は事務的な作業が多いな。監察所で調書を作ったり、B級以上の補佐をしたり。B級はC級の奴らを監督したり、監察所に来る犯罪者の取り調べをしたり。A級になると、直接政府から降りてくる命令を実行したり、犯罪者の根城に乗り込んで行ったり……、まあ危険度が徐々に増していくって感じだな」
「なるほどねぇ」
セフュはそう言いつつ、シュタルクの制服を見つめる。腕には盾の前に重なる二つの剣が描かれた金のエンブレム。胸元にはA級を示す青のバッジ。
リントはセフュたちの話を聞きながら、目の前の惣菜を次々と口に運んでいる。その横では白銀のドラゴン、シルファも同じ惣菜を口いっぱいに頬張っている。飼い主に似るとは本当らしい。
「でさあ、A級監察官のシュタルクは最近どんな仕事してんの? やっぱA級ともなると僕たちが知らないようなすごい案件とか抱えてるんじゃない?」
この言葉にシュタルクの体が一瞬反応したのをセフュは見逃さなかった。
今日の午後アリアがセフュに〝神隠し〟の調査を依頼してきた。だが、実際にその事件に政府が関わっているかもしれないと話したのは昨日の午後だ。それを考えると、約一日。そんな短い時間で、監察官長のアリアが一監察官のシュタルクなんかに、そんな特A級の案件を話すはずがない。だが、シュタルクの体は正直だ。何か大きな案件を抱えているのは間違いない。
「さあな。A級っつっても、そんな大きな案件ばかりを抱えているわけじゃねぇし。そもそも大きな案件ばっかだったら、フロンテリア相当ヤバいぞ」
「確かにねぇ」
笑顔を見せてその場の雰囲気に合わせつつ、セフュは内心で舌打ちしていた。
シュタルクは見た目も中身も軽そうに見えるが、根はかなり真面目だ。意外と口は堅い。それは昔と変わらないらしい。
冷静に友人をそう判断する自分にセフュは辟易していた。今目の前にいる二人の友人である前に、一人の情報屋になってしまっている自分がひどくいやらしい存在に感じた。仲間たちと別れてからの時間は彼らとは決して共有できないものであり、それ故に短いようで長い年月はセフュを今の彼へと変化させた。
自嘲気味に笑みを漏らし、セフュはレモネードを口にする。
「ねえシュタルク、オレ、ジャンヌのお店行ってみたいんだけど」
セフュとシュタルクの話が一区切りついたと判断したのか、リントが嬉々として身を乗り出す。それに反応したのは勿論セフュだ。
「え、何? ジャンヌってフロンテリアでお店出してんの?」
「うん、なんかね、アクセサリーショップ開いてるんだって」
リントはそう答えてからシュタルクに視線を戻す。
「そうだな……。じゃあ次の非番の日でも行くか! セフュはどうする?」
この誘いに乗らないわけがない。セフュは強く首肯した。
「僕もジャンヌに久々に会いたいし、行くよ」
「おし、じゃあ決定! 非番は四日後。セフュ、午前中にウチに来いよ」
その発言にセフュは惚けたフリをして首を傾げる。
「え? 僕ここに来る必要ないよね?」
今度はシュタルクが首を傾げる番だった。
「他の場所で待ち合わせるか?」
「いやさ、待ち合わせるも何も、僕も今日からリントと一緒にシュタルクの家でお世話になることにしたからさ。よろしく」
ニッと屈託ない笑みをシュタルクに向けるセフュ。向けられた本人はじっとセフュを凝視している。
「セフュ……」
一拍置いてから、シュタルクはいつもの調子に戻った。
「ま、いっか! 楽しくやろうぜ! あ、けど、部屋散らかすなよ? セフュの部屋って確か足の踏み場ないくらい汚かったからなー」
「シュタルクの部屋は平地かと思うくらいなんにもないけどねー」
セフュはそう言いつつも軽く敬礼して見せたのだった。