016
監察官ということは、シュタルクの上司はあの横暴御嬢さんということか、と内心でふんふんと頷く。上司といっても、シュタルクにとっては会うことすら叶わないほど上の人間だろうが。
セフュはリントから地図を受け取り、ニッと笑う。
「僕が案内してあげるよ、この寮」
寮は地下鉄口から徒歩三分ほどの場所にある。そこに辿り着くまでの短い間に、セフュはリントがここに来た経緯を聞いていた。
リントがカードゲームで勝利したと聞いたときは、かなり驚いた。彼はそういう運は無い方だ。運命なんて言葉を信じているわけでは決してないが、それでもフロンテリア行のチケットを手にできたことは、リントがフロンテリアへ来ることが予め決まった未来であったのではないかと思わせるだけの力があった。
二階建てのアパートのような寮に到着し、二〇三号室の鍵穴に鍵を差し込むと扉が開いた。
中は綺麗というより、荷物がほとんどないために殺風景に感じた。セフュは放浪していたため自分の家と呼べるような場所はなかったが、それでも宿泊していた宿屋はここより明らかに散らかっていた。
「じゃあねー」
一度部屋の中を見回してから、セフュはリントに手を振る。
「え、もう行っちゃうの?」
慌てた様子でリントがセフュの背中を追う。もう少しいてほしいというのが丸分かりだ。
「取り敢えずね。だってさすがに上半身裸のまま歩いてるのは周りの視線が痛いし。それに不審者として逮捕されたくもないしね。一先ず宿屋戻るよ」
それだけ言って、セフュは寮を後にした。だが、一時間半ほどして再び二〇三号室のインターホンを鳴らしたとき、出て来たリントの顔を見て、思わず吹き出しそうになった。
「リント、なんて顔してんの」
「だ、だってその荷物……」
リントが驚くのも無理はない。セフュの背中には大きなカーキ色のバックパックが背負われ、両手も何やら荷物で塞がっていた。服を着に一度戻っただけだと思っていたからリントは目を丸くしたのだろう。だが、セフュにはそんな気は最初からなかった。ボロ宿屋といえど、お金はかかる。それよりも友人の家に泊めてもらえば宿泊費が浮くというわけだ。
図々しくも部屋に上がり込み、大きな荷物を部屋に下ろして一息つく。
「あー疲れた。ねえリント、何か飲み物出してくんない?」
「え、でもここシュタルクの家だし……」
「別に気にすることないと思うよ。だって今日からここは僕たち三人の部屋になるわけだし」
しれっと勝手なことを言いつつ、セフュは戸惑うリントを一瞥して冷蔵庫からレモネードを失敬した。