014
しまった、と思い、セフュが一歩後退する。だが、その腕をアリアは力強く掴んで離さない。
「そんなにあたしのこと心配してくれるなら、あたしのために危ない橋、渡ってくれるよね?」
「………………」
「報酬はそっちの言い値でいいよ。これはフロンテリアの未来がかかってるの。裏世界でも名を馳せている、あんたみたいな実力者にしか頼めない仕事なの!」
アリアの真剣な眼差し。
言っていることはよく解る。フロンテリアに危険を及ぼす可能性のある因子は排除すべし。当然のことだ。だが、それは自分に関係ない、とセフュは思っていた。
今はフロンテリアにいるが、数日前までは他領の岩石地帯にいたのだ。情報屋という仕事は勿論、その土地その土地でアルバイトなどもしながら世界を放浪し、様々なものを見聞きしてきた。
今回フロンテリアに戻ってきたのは、三年前の仲間との約束を守るため。岩石地帯はフロンテリアの東側に位置していたため、イーストポートシティからフロンテリアへ向かい、そこからウェストポートシティを経由してバレッジに戻るのが直線距離だったのだ。ただ、それだけのためにフロンテリアに寄った。
だが、思いの外時間に余裕があったため、来月分の遊ぶ金を稼ぐべくフロンテリアに数日滞在して情報屋を営んでいたら今の状況だ。こんな大仕事を引き受けてしまったら、仲間たちとの約束が守れなくなってしまう。小遣い稼ぎをしようと思っていたら、随分と大きな魚が喰いついてきてしまったものだ。いやむしろ襲ってきた、という表現の方が正しいかもしれない。
セフュは軽く息を吐いて、残念そうに苦笑する。
「気持ちはよく解りますよ。でも、残念ながら僕にはそれほどの力はないんです。ほんと、すみません」
頭を下げるセフュ。暫くそうしてから、そろそろもういいだろうと思って、ゆっくりと頭を戻した。そして視界に飛び込んできた景色にセフュは絶句する。
アリアの右手がセフュの眼前に差し出され、その小指には指輪がきらりと光っている。彼女は知らぬ人はいない、超凄腕アリスペル使い。ここで彼女がトリガーワードを唱えたら、一体自分はどうなってしまうのかと、セフュの背筋が瞬時に凍る。
「お、御嬢さん、これは一体……?」
「あれ? あんたみたいな人が知らないわけないよね?」
セフュは狼狽えながらも言葉を絞り出す。
「え、えーっと、それはつまり……〝脅し〟ということですかね……」
口の端を引きつらせながら吐き出されたセフュのその言葉が彼女の勘に触れたのだろう。アリアは口元を歪め、静かに命じた。
「放出!」
アリアの手から放出された炎がまるで獣のように猛々しく襲ってくるように見えた。セフュは慌てて後退しようとして躓き、そのまま路地に倒れ込んだ。
「あっつ!」
セフュは背中に感じた熱にそう叫んでから、転んだ拍子に落ちてしまったメガネを手探りで探す。見つけたメガネを片手でかけ、熱が冷めてきてスースーする上半身をクリアな視界が捉えて目を剥いた。
「――――ない!?」
セフュの顔が一気に青ざめる。何度も上半身を触って、がっくりと項垂れる。
「……僕が極東の島国で買った〝侍Tシャツ〟が……!」
セフュの着ていた、背中に〝侍〟と大きな筆文字がプリントされたTシャツが丸ごと消えていた。おそらくアリアの抜群のアリスペルコントロールによってTシャツだけが燃やされたのだろう。
セフュのTシャツへの執着ぶりに、アリアは口元を引きつらせた。無意識にセフュから距離を取る。
「と、とにかくそういうことだから。〝神隠し〟ついての情報、頼んだからね! 一週間後、またこの場所に来るから」
アリアはそれだけ言い残すと、上半身裸になったセフュを置き去りにしてその場から走るように消えて行った。