013
フロンテリア北区、研究所が固まる区画とは反対側の細い裏路地。犯罪者収容所から二つ通りを隔てた薄暗い隘路。建物の側面を走るパイプからぽたりぽたりと水が垂れる。
「どうもー」
札束を崩して枚数を確認してから、笑顔で手を振る。
「これで来月分も賄えるな」
そこら辺に転がっていた段ボールに腰を下ろしながらニヒヒヒとえげつない笑みを浮かべていると、視界が急に暗くなった。ここは太陽の光などほとんど届かない場所だが、それでも夜よりは明るい。その光が全て遮られたかのように自分に影が落ちた。反射的に札束から顔を上げる。
「こんな所にいた!」
腰まであると思われるチョコレート色の緩く巻かれた髪。深いローズ色の瞳。フリフリのロリータファッション。まだ幼い顔立ちをしている割に態度だけは大きい、恐ろしいほど鋭い刃の斧を背負う少女。特A級のビップ客。その彼女が不機嫌そうに自分を見つめている。
「いやあこれはこれは、監察官長のアリア御嬢さんじゃないですか。ご機嫌麗しゅう」
ニヤリと笑みを浮かべると、眉が若干吊り上った可愛らしい少女の表情が一層歪んだ。
「〝情報屋のセフュ〟、拠点は特になく、そのせいで接触が難しいとされる超凄腕の情報屋。あんた、裏の世界では相当有名なんだってね。でもだからって、このあたしをこんな物騒な所まで来させるなんていい度胸してるじゃん」
「いや、僕別に呼んでないし」
ノーと言わんばかりに片手を左右に振るセフュに、アリアはチッと舌打ちする。極道の世界にでもいたことあるのかよ、と思わずツッコんでしまいそうなくらい迫力ある態度に、セフュは一先ず言葉を呑み込む。
「ここに僕がいることを突き止めたのは称賛に値しますけど……、何の用ですか? こう見えて僕、結構忙しいんですけど」
アリアは自分だって忙しんだと言わんばかりにセフュをキッと睨みつけてから口を開いた。
「この間の話だけど……」
「この間の話?」
はてなんでしたっけ? と惚けたフリをしていると、目の前の彼女が今にも暴れ出しそうな勢いで憤慨の表情を浮かべていたので、慌てて両手を突き出して素早く振った。
「じょ、冗談ですって! この間の話って……、〝神隠し事件〟に政府が関わっているかもしれないっていう話ですよね?」
「そう。この間は偶然見かけたあんたに興味本位で情報提供を求めてみたけど、まさかそんな大きな情報を提供してくれると思わなくて。すっごく驚いたんだから」
「そりゃ当たり前ですよ。いくら出してくれるんですかーって訊いたら、普通の人が出さないような額をポーンと出してきたんですから。その額に見合った情報提供をするのがプロってもんでしょ」
「……普通の人が出さないような破格の金額を出したんだから、もっと詳細を教えくれても良かったんじゃん」
腕を組んで不敵な微笑みを漏らすアリア。だが、セフュはそれに動じることもなく軽く笑う。
「この情報は高いんですよ。詳細を話すには額が足りなかった。それに、そもそも僕だってなんでも知ってるってわけじゃないんですよ? このことに関して情報を集めるのはリスクが高い。僕だって命は惜しいわけです。誰に頼まれたわけでもないのに、そんな危ない橋、渡ると思いますか?」
「そう……」
アリアは残念そうに俯いた。
彼女が急にしおらしい態度を見せたことに、セフュは自分の中の警戒レベルを1引き上げる。
だが、暫く経っても彼女は何も言わない。ずっと俯いたまま、顔を上げる様子もない。強気に振る舞ってはいるが、実は繊細な少女なのかもしれない。
これはチャンス、とセフュは心の中でガッツポーズをする。今この機会に彼女を追い払った方がいい。アリアはあまり関わりたくないタイプだ。確かに金は持っているが、彼女と関わると面倒事に巻き込まれそうな、ろくなことが起こらないという野生の勘みたいなものが働いていた。
「御嬢さん、そういうわけだから、もう帰った方がいいですよ? こんな危ない場所に女の子一人は危険すぎますから。ね?」
セフュは彼女の肩を持って反対側へ向ける。
「……そんなに心配してくれるの?」
僅かに彼女から声が漏れた。か細い声に、セフュは穏やかに見える笑みを浮かべる。
「勿論ですよ。僕が御嬢さんを心配しないわけ、ないじゃないですか」
セフュの言葉に、アリアの体がピクリと反応した。立ち止まり、体を捻る。セフュを見上げる表情は、その言葉を待っていたと言わんばかりに、いやらしい笑みを形成していた。