011
「で、ルカの話に移ると、あいつはフロンテリアの第一研究所で働いてる」
第一研究所は、主にアリスペルについて研究を行っている場所である。アリスペルは三年半ほど前に第一研究所で開発されたもので、当時は画期的な発明と称され、フロンテリア中がその話題一色だったらしい。
アリスペル完成直後は一部の人間しか使用できなかったらしいが、政府からの認可が下りて一般の人間もアリスペルを使えるようになったというわけだ。シュタルクたちがフロンテリアに来たのは、ちょうどその頃である。
あちらこちらでアリスペルを使用する人間が増えたことにより街中のトラブルも増え、フロンテリアの治安維持に努める守衛官と監察官が大量募集された。シュタルクはその時の募集に肖った人間のうちの一人である。
ルカは、おそらくフロンテリアに来てすぐ高度研究院、通称〝高研院〟と呼ばれる研究官育成の教育専門機関に所属し、そこで様々な学を身につけて卒業した後に第一研究所に所属したのだろう。第一研究所というのはそういう博が高い人間が入るような場所だ。
「へぇー、ルカも頑張ってるんだ。でも研究機関なんて、随分とその……自由度の少ないところに所属したね。オレの勝手なイメージだけど、研究機関に勤めてる人ってずっと研究室に籠りっぱなしの生活じゃないの?」
「さあな。おれも実情は知らないからな。けど、第一研究所ともなると休む暇はないかもしれねぇな」
「そっか……」
バレッジにいた時のルカ。彼女は一見大人しそうに見えるが、自分たちと行動していたことからもじっとしていられないタイプの人間だ。昔から頭は良く、博識だった。そういう自分の特性を活かして研究の道に進んだのかもしれない。
「セフュは……、さっきも少し言ったけど、あいつのことは全く分からねー。どこで何してんだか……」
シュタルクは取り敢えず自分の知っている三人の情報をリントに伝えると、思い出したように口を開いた。
「リント、そういえばシルファは元気か? どうせそのバッグの中にでもいんだろ?」
リントは誰も見ていないことを確認してから、バッグを開けた。するとそこから小さな白銀のドラゴンが羽をパタパタと上下させて、テーブルの下から顔を覗かせた。シルファも一応周りの目を気にしているのだろう。リントの手の上に乗って羽を休める。
「シルファ、元気だったか?」
シュタルクが手を伸ばして人差し指で頭を撫でてやると、シルファは嬉しそうに喉を鳴らした。
「このバッグにシルファも入ってたから、引っ手繰られた時は本当にどうしようかと思ったんだよ。呼吸ができるようにバッグは少し空けているし、きっと危なくなったらシルファはそこから自力で外へ出たんだろうけど、出る瞬間を誰かに見られても大変だし、気が気じゃなかったよ。それに引っ手繰った人が倒れたとき、バッグ放り投げられちゃったし、その時の衝撃でシルファ潰れちゃったんじゃないかとか本当に心配したんだよ」
「その割におれにバッグ拾われたとき、すぐに中を見てシルファを確認するんじゃなくて、目を輝かせて興奮気味におれに話し掛けてたのはどこのどいつだよ」
「だってそれは、あまりにも驚いたっていうか、嬉しかったからつい……」
シュタルクとリントはお互い顔を見合わせて笑い合った。だが、それからすぐに彼らの顔は硬直した。二人の前のテーブルに人影ができあがる。ドキッとしながらすぐに光が遮られた方に目を向けた。
「お水入れますね」
最初に用意されていた水が完全になくなっていたシュタルクのコップに店員が水を注ぐ。
なんだ店員か、と思ってすぐに、先ほどまでシルファが顔を出していた場所を見る。そこにシルファはいない。店員に気づいてリントの影に隠れたのだろう。
シュタルクは胸を撫で下ろす。つい話に夢中になってしまい、店員に気づかなかった。
店員は二人分の水を注ぎ終わると、他のテーブルにも回っていた。
「そろそろ行くか。実は今も勤務時間中だし。おれの家だけ教えるから、その後は自由にフロンテリア観光続けるなり、おれの家でくつろぐなり、好きなことしてればいい」
「うん、ありがとう!」