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一体なんの茶番だ? とシュタルクは笑い飛ばしたかった。だができなかった。
あまりにも唐突に降ってきた、あまりにも衝撃的な事実に、シュタルクはアリアに何も言えないでいた。
ずっと一緒に監察官をやって来た。その彼女がクローンだなんて思ってもみなかった。
SGF、レジスタンス問わず、周囲は皆動揺しているようだった。
シュタルクは唾を呑み込み、息を吐く。
「アリア!」
俯いていた彼女がこちらを向く。
「お前がクローンだろうがそうじゃなかろうが、おれには関係ねーんだよ!」
瞬間的にアリアの涙が止む。
「アリアはアリアだろうが! 一人の人間だ! どうやってこの世に生まれてきたかなんて重要じゃねんだよ! ここに存在するって、それだけでみんな同じ人間なんだよ!」
シュタルクはジャンヌに向き直る。
「おいジャンヌ! クローン反対派ってことは、アリアの存在も否定するってことか? レジスタンスの連中は、女の子一人の人権も認められねぇほど、小っせー人間なのかよ!」
シュタルクの発言に、SGF側は徐々に動揺から解放されて、そうだそうだ! と声を上げる。対するレジスタンスにはどよめきが湧き起こる。
「シュタルク、わたしはクローンの人権が脅かされていいなんて言った覚えはないわ。わたしが反対しているのは、クローンを製造するという行為そのものよ! 実際、自分がクローンだと知らずに日々暮らしている人たちもいる。彼らが自分はクローンだと知ったとき、どう思うかしら。中には自殺を考える人もいるかもしれない。自暴自棄になる人もいるかもしれない。それを考えると、クローンを造るという行為そのものが罪であると言っているのよ!」
今度はレジスタンスの人間が、そうだそうだと湧き上がる。
「そんなの、クローンと人間を線引きしてっから、クローンであることにショックを受けんだろ! そうじゃない世の中にしていけばいいじゃねぇか! クローンがいることで現世に希望を持って生きていってる人だって沢山いんだよ!」
「そんなの解ってるわよ! でも実際問題、それが難しいって言ってるの!」
シュタルクは舌打ちする。
ここに来てまで平行線か。
一先ず元凶であるエルクリフを取っちめようと思ったが、いつの間にか消えている。と思ったら、よく見るとSGF本部の入口にいる。中に入る気だ。
何逃げようとしてんだよ、と思ったのも束の間。
「ったく、なんだよこの風!」
突如として風が強く吹き荒れる。空の雲は逃げるように消え失せ、太陽は大きな影に一時隠される。
「あれは……」
シュタルクは瞠目した。
光に反射してきらりと光る白銀の鱗、ルビーのように透き通った紅い瞳、羽を上下に羽ばたかせる飛龍。
「シルファ!?」
ドラゴンは一直線にSGF本部に向かっている。風が更に強まる。
このままだと本部に突っ込むぞ!? シルファは何がしたいんだ? と思ったところで、シルファ? と眉根を寄せる。
シルファがいるはずがない。そもそもドラゴン自体いるはずがないのだ。
「でもあれどう見てもドラゴンだよな……」
悠長なことを言っている場合ではないのは分かっている。そこで思い出す。
そういえばリントは?
今日は見かけていない。もしあれが本物のドラゴンだとしたら、操れるのはリントしかいない。今はクローン抗争をしている場合ではない。リントを探すのが先決だ。
「おいジャンヌ!」
すると彼女もシュタルクと同じことを考えていたようで、すぐに首肯した。
「キルス、アリアさん解いてあげて。アリアさん、もしよければわたしたちのこと手伝って下さい。頼りにしてるんですから!」
泣き顔のアリアにジャンヌが優しく微笑む。
「そうだぞ! おれの上司なんだから、部下にばっか働かせてねぇで、ちゃんと来いよ!」
シュタルクはニッと笑い、ジャンヌとともにSGF本部に入って行った。