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ワールド・フラグメント  作者:
第十章 複製
105/111

105

「ジャンヌ、一つ言っとくが、人質を取る作戦は失敗だ」


「どういう意味?」


「お前に人を傷つけることなんてできない。それが分かってたら人質は無意味だ」


「そうね、でも……」


 ジャンヌはそう言って、キルスに拘束されているアリアの首元にナイフを当てた。そしてそれを静かに動かす。鮮血がスーッと流れ、鎖骨辺りに溜まる。


「勘違いしているのはそっちみたいね」


「ジャンヌ、てめぇ……!」


 シュタルクが奥歯をきつく噛む。


 その様子にアリアは泣きそうになった。


 首元に痛みはなかった。ジャンヌに事前に言われていた通り、首筋に赤い液体が入ったシールのようなものを予め仕込んでおき、それを切っただけだからだ。だが、アリアが傷つけられたと見て、焦り奥歯を噛むシュタルクに泣きそうに嬉しくなるのだ。


 これでSGF側は容易に手が出せなくなった。ここからはレジスタンスの腕の見せ所だ。ここでうまく事を運ぶことができれば、決着が着かないとも限らない。


「ジャンヌ様、その方法ではまだ手ぬるいのでは?」


 突如響いた声に、ジャンヌだけでなく、周囲の者が発言者を探す。その人物は東側からやって来て、政府とレジスタンスの双方を見つめた。


「エルクリフさん、わたしはそこまで望んでいません。すみませんが、口を挟まないでいただけますか」


 ジャンヌが冷たく言い放つが、エルクリフは微笑を浮かべて黙る様子がない。


「もっと核心を突かないと」


「エルクリフさん!」


「エルクリフ!」


 今度はエルクリフと反対側から声を上げる人物。走ってきたのか、息が乱れている。


「お兄ちゃん……」


 ノエルが必死の形相でエルクリフを睨んでいた。アリアには意味が解らない。


「おや、ノエル官長もお出ましですか。では役者が揃ったということで、言わせていただきましょうか」


 何を言っても黙らなさそうなエルクリフに、ジャンヌとノエルがほぼ同時に指輪の嵌る手を前に差し出す。


放出(エミット)!」


 だが予想していたのだろう。


守護×五重(ガードクインティプル)


 エルクリフは彼らが手を前に出すのとほぼ同時にトリガーワードを唱えていた。そして、にやりと笑い、声高らかに公言する。


「アリア官長はクローン人間だ!」


 どういう……意味……?


「そんなことない! アリアはクローンなんかじゃない!」


 ノエルが叫ぶが、エルクリフは嘲笑する。


「ノエル官長ともあろうお方が、公衆の面前で嘘を仰るのですか」


「…………っ」


 場は沈黙に包まれていたが、暫くして騒然とした。


 アリアは意味が解らず呆然と立ち尽くことしかできない。


「エルクリフさん、それはなんの冗談? 私には生まれたときからずっと記憶がある。それに研究官長であるノエルという兄もいる。私が生まれたのは十七年も前だし、フロンテリアから遠く離れた田舎町。そんなところにクローンがいるはずないじゃない」


「それがいたんですよ。訊いてみたらいいと思いますよ。あなたを造った人間がちょうどこの場にいるのですから」


「え……?」


 心臓が不協和音を奏でる。


 エルクリフの言っている意味が解らないのは勿論のこと、ノエルがエルクリフに反論を重ねなかったことが不安を煽る。完全に否定できるとすれば、自分の兄であるノエルしかいないのに。


 そこでアリアはふと思い出す。


 昔、実家で偶然見つけた一枚の写真。幼いノエルと一緒に映っていた少女。自分と似ているとは思ったが、彼よりお姉さんだったため、遠くに住む親戚か何かだと思っていた。


 だがしかし。今のこの状況で、そんな昔に見た写真のことを思い出すなんて。

アリアは助けを求めるようにノエルを見つめる。


「お兄ちゃん……」


 声は震えていた。瞳には薄らと涙が溜まる。


「あたし、オリジナルだよね?」


 こんな訊き方したくなかった。オリジナルという言葉を自分自身に使いたくなかった。それは物のようで、コピーが存在するかもしれないという状況で。


 でも、そんな風にしか訊けない。


「アリア……」


 涙で歪む視界に映るノエルは、拳を強く握り締め、表情は険しく、歯を食い縛っていた。


 どうしてそんなに苦しそうな表情をするの?


 心は張り裂けそうだった。脳は言葉を拒絶していた。


 ずっと何も言わないノエルを見かねてか、再びエルクリフが口を開く。


「アリア官長、あなたを造ったのは今目の前にいるノエル官長ですよ」


「うそ……」


 消えそうなほど小さな声がアリアから漏れる。瞳に溜まっていた涙は堪えきれずにぽろぽろと零れ落ちた。


「嘘……だよね?」


「…………」


 それが答えだった。それでも止まらない。


「ねえ嘘でしょ? 嘘だよね? 嘘だって言ってよ。ねえお兄ちゃん……!」


 泣き叫ぶことしかできない。


「アリア……ごめん」


 ノエルのその一言に、アリアは目を見開く。


 やはりそうなのだと、言葉ではっきり言われた。認めざるを得ないという事実。


「でも僕は間違ったことしたと思っていない。僕はアリアが大好きだ。最初は姉さんを亡くしたショックからだったかもしれない。だけど、今はアリアをアリアとして愛おしいと思ってる。アリアは僕の唯一無二の妹なんだよ!」


 言ってくれるのは嬉しいし、本当かもしれない。だが、今のアリアにはそれを素直に受け入れるだけの余裕がなかった。


 アリアは悲愴な顔つきでノエルに微笑する。


「あたし、オリジナルじゃなかったんだね」

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