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「その後、記憶を書き換えられてからは、なぜか空から降ってきた犬とともに羊飼いをしていたよ。だがね、島には傷ついた兵士たちが数人いて、その小島は訓練拠点になっていることになっていたんだ。私もその人たちとともに大陸に戻り、その時の兵士の伝手で法務官になったというわけだよ」
「空から降ってきた犬か……。エルクリフ、それはどうした?」
ベルーナはエルクリフ自身の話より、普通では考えられない事象の方に興味があるようだ。
「一緒に大陸に渡りましたよ。とても賢い犬でした。八年前に亡くなりましたが」
「そうか。特別な犬というわけではなさそうだな……」
眉間に皺を寄せ、腕を組んで考え込むベルーナ。
「エルクリフさん、それがどうしてシルドラ族の復活と関係あるの? その恋人はもう戻って来ないでしょ」
ルカの疑問に、エルクリフの表情は先ほどと違ったものとなる。
「私も〝時空移動〟のゲートを開きたいのだよ」
「――――!?」
「私も〝時空移動〟をして彼女の元へ行く」
「何言ってんの。そもそも〝時空移動〟って、どこの時空に移動するって座標を指定できるの?」
「いや、できないと彼女は言っていたな。だが、それでも私は試してみたいのだよ」
「それでシルドラ族の復活ですか。でも、ドラゴンとセットじゃないといけないんですか? シルドラ族ならリントくんがクローンで存在していますよね?」
ゴルゴンゾーラの言うことは最もだ。だが、それこそがエルクリフも分からなかった点である。
「正直なところ、私も分からない。だが、リントくんを見ていて分かるだろうが、彼は〝時空移動〟の仕方を知らない。そもそも自分が自然の力を操れることさえ知らないんだ。だがもし、ドラゴンがいたらどうなるか。シルドラ族はドラゴンと心が通じ合っている。呼応する存在なのだよ。何かが目覚めそうだとは思わないかい?」
リントとシルファは相互に通じ合う存在だ。いくら記憶がなくても、遺伝情報が同じであれば、互いを探すだろうとエルクリフは思っていた。それに、リント一人では、時空を開くゲートを造り出せるだけの魔力に不足があるとエルクリフは見ていた。
ドラゴンが復活したところでゲートが開く確証はない。だが、何もせずに現状を受け入れるほど強くなかった。
「そうですか……。その願い、叶うといいですね。俺は分かりますよ、エルクリフさんの気持ち」
ゴルゴンゾーラは隣にいるベルーナを一瞥する。
「それでは俺たちはここで」
彼は去り際にルカに目を向け、優しく微笑んだ。
「ルカちゃん、今までありがとう。俺たちは研究に関係ないどこか遠いところ暮らすことにするよ」
「行くんですね」
「うん。今まで色んなことあったけど、三人で研究した時間は俺にとってかけがえのない大切な時間だよ」
「ボクも」
そう言ってルカは微笑を零した。
そんな彼らを尻目に、エルクリフはドラゴンを見つめる。まずはリントと引き合わせないことには始まらない。
本当はリントをここへ連れて来る予定だったが、想定外の彼の頭痛により断念した。一歩も動けないくらいの激痛のようで、呻き声に時々悲鳴が混じるくらいだった。彼は今SGFのエルクリフの部屋に鍵をかけて隔離している。
SGFの調整役だったことで、資金をドラゴン復活に流せた。SGF内部の人間だったことで、リントを監視できた。エルクリフにはそれだけで充分だった。
あとは〝時空移動〟を邪魔されないこと。そのために、怪しまれないように信頼を得つつ、クローン抗争が激化するよう、レジスタンスの戦略を政府側に伝えたり、アリアを人質としてレジスタンスに提供したりした。
あの抗争が激化すればするほど、誰もリントに目を向けない。アリアがクローンだという事実は、世界に大きな衝撃を与えるだろう。ノエルは勿論、シュタルクやジャンヌでさえも、リントの存在を忘れ、目の前の事象にのみ注目すると予想できる。もしかすると、アリアを人質として提供したエルクリフの存在さえ、彼らの脳内から暫しの間消え失せるかもしれない。
「フフッ……フフフ……」
笑いが込み上げてくる。遂にここまで来たのだ。
「どうしたの」
ルカが眉を顰める。
「いや、なんでもない。ちょっとここで待っていてくれないかい? すぐに戻って来るよ」
エルクリフはそう言ってクリスタルリング自然公園を後にした。
抗争の起爆剤を放ち、リントを連れて来るために。