010
「おれも含め、多分みんな忙しいと思うんだよ。あの時とは違ってみんな仕事があるだろうし、どこで何やってるか分からねー奴もいる。だからバレッジに戻るっていうのは多分難しいんじゃねぇかなって」
「………………」
リントの瞳が切なそうに揺れるのが分かった。彼は無理やり笑顔を作り上げると、自分でもその不自然さに気付いたのか、すぐに俯いてしまった。
「でも、リントはフロンテリアに来た。ちょうどその約束の日まで数日ってときに。だから、その日までここにいろよ。おれの部屋に住めばいいし、フロンテリアを案内してやったっていい。セフュはどこにいるか分かんねぇけど、ジャンヌとルカならフロンテリアにいるしな」
「ホント!?」
先ほどまで明らかに影を落としていたその瞳には、光が宿っていた。
それを見てシュタルクは思う。こいつは昔から変わらない。おれたちのことが大好きで、信頼していて、感情表現が豊かで分かりやすい奴。だからこそ、そんなストレートなリントをシュタルクたちも大好きなのだ。
「マジマジ」
「それで、ジャンヌとルカは今何してるの?」
「ジャンヌ……あいつはすげーよ。なんたってフロンテリアの有名人だからな」
「有名人!?」
「ああ。〝神速の魔女〟って言ったらあいつのことだ」
「神速の魔女!?」
ただ自分の言葉をオウム返しにするリントに、シュタルクは得意げに語る。
「フロンテリア一の速さを誇る魔女。あまりの速さにアリスペルを命中させられた奴はいないらしいぜ。しかもあいつのアリスペルの威力もハンパなく強いって聞いてる」
「だから〝神速の魔女〟……」
シュタルクは首肯する。
「神出鬼没で姿を見たことある奴は少ないらしいが……」
シュタルクはそこで周囲を警戒するように見回してから、リントに身を乗り出して声を潜めた。
「実は普通にそこら辺歩いてんだぜ」
「えぇ!?」
リントの声が意外と大きく響いてしまい、店内が一時静まり返る。シュタルクは慌てて人差し指を口の前で立て、リントは口元を両手で押さえた。二人して頭をぺこぺこと下げ、店内は徐々に元の自然な雰囲気に戻っていった。
「……あんまり大声を出すなよ」
「ごめん……」
反省したようなリントにシュタルクは大きく溜息をついてから話を続ける。
「おれも詳しくは知らねーんだけど、ジャンヌは二つの顔を持ってる。一つは〝神速の魔女〟としての顔。長い髪をポニーテイルにして、黒のマントを夜空にはためかせているらしい。で、もう一つは普通の女としての顔。南区でアクセサリーショップを営んでる」
「…………………」
リントはあまりのギャップに数回目を瞬いた。ジャンヌが何をしたいのか解らないといった様子だ。
それはシュタルクも同様で、前に一度〝神速の魔女〟について彼女に訊ねてみたことがあったのだが、教えてくれなかった。それどころか彼女は、自分じゃない、とまで言い張ったのだ。
だがあれは嘘だとシュタルクは思っている。〝神速の魔女〟については様々なところから情報が上がってくる。アリスペル使い、その中でも特に女性にとって彼女は憧れの存在である。颯爽としていて強く、それでいて嫋やか。そんなイメージが女性たちにはあるのだ。
偶然シュタルクも〝神速の魔女〟を見かけたことがあるが、彼女の出で立ちはジャンヌそのままだった。
夜だったため、月明かり程度では正確に姿を捉えることはできない。それでもシュタルクの目には、長い金髪に気の強そうな瞳、すっとした鼻梁に桜色の良い唇、そんな風に映ったのだ。
あまりに外見が似ていたので、色までそう見えてしまったのかもしれない。だが、双子でもない限りあんなにそっくりな人間はいないとシュタルクは思っている。ジャンヌに双子がいないことはシュタルクたちがよく知っている。となれば、あれはジャンヌ以外に有り得ないはずなのだ。
なぜ彼女が〝神速の魔女〟であることをそこまで隠し通そうとするのか、それはシュタルクにも解らない。だが、きっと彼女なりの理由があるのだ。シュタルクはそう思うようにして自分を納得させている。