001
世界の端の端。南西の海にひっそりと浮かぶ孤島。
ライトグリーンの葉が生い茂る樹木、土埃が立つ黄土色の砂利道、コバルトブルーの海。
普段の自然豊かなその美景は、今では暗く影を落としている。空には暗雲が立ち込め、雨風は強く、遠くからは敵襲の激しいエンジン音が響いている。
孤島に住む一族は、その時、大きな転機を迎えていた。それは過去の歩みを記す〝歴史〟などという言葉を遥かに凌ぐだけの、世界そのものを揺るがすだけの転機だ。
「リント――――っ!!」
掠れた絶叫は、確かに息子の耳に届いた。
白銀の髪、美しく透き通る蒼の瞳。まだ幼い少年が、白銀に輝く飛龍の背に跨り、風雨に晒されながら、母親の元へ飛翔する。それは、軌跡が白い線を描くほどのスピード。
彼の母親は島の住人と一緒に、空に浮かぶ青い魔法円が作り出した不思議なゲートの中にいた。少年も必ずあの場へ到達しなくてはならない。しかし、その青の光で描かれたような長方形の両開きの扉は、徐々に内側へと向いていた。
母親が涙でぐしょぐしょになった顔を歪めながら、それでも喉が潰れるくらい必死に叫んでいる。それに応えるように、少年は右手を千切れんばかりに伸ばした。
「届けぇぇぇ――――――――――――――っ!!」
しかし、少年の手に触れたのは、母親の体温ではなかった。冷たく閉ざされた、魔力で作られた厚みのない、それでいてとても重々しいゲート。その表面だった。その瞬間――
世界はその在り様を永遠に、変えた。
ゲートからは目を開けていられないほど強い青の光が迸り、世界を覆うように駆け巡る。
存在したはずの一族が姿を消し、世界はそれが当然の世界へと改編された。人々の記憶は一瞬のうちにすり替わり、今自分がその場にいる理由や行動さえ都合のいいように作り変えられ、脳に偽の情報が伝送された。そして誰も伝送された偽りを疑わない。
戦争のための武器の材料を調達しに、大陸西のグリーンヒルという町まで来ていたベルーナという女性。彼女は、商談のために小屋で数量と価格の話をしていたはずだったが、青い光の後、町に蒸気機関車を走らせるための話をしていると脳が認識していた。だが、彼女も取引相手もそれに気づかない。
「あれは……?」
青いベールが世界を覆って数分後、ベルーナは見た。
窓の外に眩い光を放つ、彗星の如き青白い閃光を。
グリーンヒルより更に西にそれは落ちた。ラスター領最西のバレッジという渓谷村辺りだろうか。
予算や日程など、蒸気機関車を通すための町の要望をメモし、彼女は翌日その地へ赴くことに決めた。
それから八年後、様々な人間の思惑が錯綜し、物語は大きく動き出すことになる。