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「コロス、コロス……」


 凶悪な目付きの赤き犬の亜人が鋭い牙を覗かせながら恐ろしい言葉を吐く。

 まだまだ冒険歴の浅い者達、初めてそれを目にする者達が相手ならば、さぞ大変な緊張感をパーティーにもたらしたであろう光景。


 しかし悲しいかな。


 今この場にいるのはもう何度もこのクエスト、この洞窟をクリアしている娘三人と、そのおまけNPCである。


 見飽きたゲーム中ムービーをボタン一つで飛ばすかの如く、赤いコボルトの殺意の込められた言葉は彼女らの耳には届かない。


「今日はもう時間ないしこのクエストやったら解散だから、MP、SP使ってさっさと終わらせよう」


 討伐クエストのボスモンスターを前にして宝条がスキル連発使用のゴリ押しを宣言する。


 敵の攻撃を警戒し、頭を使い、仲間と連携しダメージを与える。

 そんな緊張感溢れる戦いとはかけ離れた、脳味噌からっぽのゴリ押し戦法。


 何度もクリアして自分達と相手モンスターの力量差を把握しているからこそ出来る、冒険の風情も糞もない戦法。


――可哀想だ。


 俺も前世では同じようなものだった。

 初心者のうちは同一のクエストを何度もクリアする必要がある為に、鼻をほじる感覚で同じ作業を……、まさしく作業としてボスモンスターを狩っていた。

 だから彼女らの判断を責めたりはしない。出来るはずもない。


 しかし、しかしだ。

 今やイロモ世界のNPCとして俺は生まれ変わったのだ。

 言うならば目の前にいる彼は精一杯自分の仕事をこなす同業者。

 だったらもう今までのようにはいかないだろう。


 聞いてあげたい。

 必死に『コロス、コロス』と繰り返す彼の言葉を……。


 受け止めてあげたい。

 俺達に向けられたあの渾身の殺意を。


「ライナさん!!」


 作業感覚で戦いを始めようとする彼女達を止めて、俺は言う。


「俺に、俺にチャンスを下さい。今度こそ上手くやってみせます!!」

「チャンスをくれって……」


 突然の懇願に宝条は顔をしかめる。


「あの赤毛のコボルト、俺に相手させて下さい!!」

「相手させてくれってお前、自分のレベルわかって言ってんのか? 1だぞ、1。それに洞窟入る前に約束しただろ、もう勝手な事はしねぇって」

「だからこうして頼んでるんじゃないですか!!」

「……頼むったってなぁ。さっきも言ったけどもう時間ないから、さっさと終わらせて帰りたいのよ、あたしら」


 そんな……、このまま赤毛のコボルトは慈悲無きゴリ押し戦法によって倒されてしまうのか。


 あんまりだ、あんまりだよ。

 彼、待ってたんだよ。俺達がここに来るのを。

 ボスモンスターとして、この場所でじっと待ってったんだよ。

 それなのに彼の事をろくに見ずに、彼の声をろくに聞かずに、作業感覚で倒してしまうなんて……、そんなのってないよ。


 そりゃあさ、こんな初心者用のしょぼいクエストのボス役なんて、言っちまえば田舎のさびれた遊園地の着ぐるみだよ。


 もう見飽きたかもしれない。

 汚れの目立つ着ぐるみが手を振ってきたって何も嬉しくないかもしれない。


 でもさ、彼頑張ってんだよ。

 突っ立てるだけでも人が寄って来る『千葉にあるのに東京』の着ぐるみにはなれないかもしれないけど……、しょぼくれた着ぐるみの中の人だって頑張ってるんだよ。

 汗だくになりながら中のおっさんも頑張ってるんだよ。

 手を振ってあげてよ。見てあげてよ。


「お願いします、俺にやらせてください!!」

「ここまで良いとこなしだったからなぁ。クビになりたくなくて必死なのはわかるけど……」


 そうじゃない、そうじゃないんだ。

 けどそう思いたいなら、そう思っててくれたらいい。

 今のあんたには理解出来ないだろう、俺の内にたぎるこの思いは。


「ライナ、やらせてあげようよ」


 しぶる宝条と違い、姫岸さんはすぐにこちらの味方についてくれた。

 さすが我がマスター、我が女神、我が天使。


「ええ、いやぁ無理だろ。レベル1なんだぞこいつ。蘇生費用の無駄遣いになるだけだろ」

「危なくなったら私達が助けてあげればいいんだよ」


 ほんまええ子やぁ。


「……ったく、姫は本当に甘いよなぁ。ポム、どうするよ」

「私は別にどっちでも……」


 こ、この流れは!?


「しょうがねぇな。おいへっぽこ戦士、感謝しろよ、汚名返上の機会をくれるってさ」


 汚名返上?

 馬鹿を言っちゃいけないよ。

 これは名誉挽回、名誉を取り戻す為の戦いだ。


 皆が忘れてしまった、雑魚ボスを演じ続ける男の名誉を……。


「イージスさ~ん、頑張ってくださ~い」

「はやく終わらせろよ~」

「大丈夫かな……」


 赤いコボルトに対して一人で立ち向かう俺に黄色いような黄色くないような声援が飛ぶ。


 だが声援など今の俺が必要とするものではない。

 何故ならこれから始まる戦いは、俺と赤毛のコボルトとの、男と男の真剣勝負だからだ。


 心技体、その全てを尽くした死闘を見れば、彼女達の心にも何かしら響いてくるものがあるに違いない。


「ニンゲン、クッテヤル、コロシテ、クッテヤル……」


 唸り、殺意をむき出しにする赤きコボルト。

 俺はそんな彼に心で語りかける。


――辛かったよなぁ。わかるよ。


 毎日毎日、レベル上げと稼ぎの為に、作業感覚で狩られるだけの日々。

 時々やってくるがちがちの初心者が素直に驚き、恐怖してくれる、そんな時だけが喜びで、そういった初心者も二度、三度とやってくるうちに冷めた顔で剣を振り回すようになっていく。


 誰も驚かない洞窟の奥の番人。

 誰も恐れない洞窟の奥のボスキャラ。


 それでもあんたは、今日もまた己の仕事を、与えられた役割を全うしようと、『戦って』いるんだな。


「ぐるるるるる」


 あんたは俺だ。

 行く道が少しだけずれた俺自身だ。


 一人は赤いコボルトという敵NPCに、一人はギルドガーディアンという仲間NPCに……。

 小さくも残酷なそのズレが、大きく運命を違えてしまったんだな。


 受け止めてやるぜ!!


 今までのあんたの無念、赤毛のコボルトの全てを!!


「さぁ、来な化け物!! 俺が相手だ!!」


 戦いが始まる。


 吼え猛り、襲い掛かってくる赤毛のコボルト。

 俺はその魔物の姿、動きを目でとらえながら剣を構えた。


――ブオンッ!!


 赤いコボルトの剣が空を斬る。

 その剣先、わずかのところに俺の肉体があった。


 初心者用のボスモンスターといっても、俺のレベルは1だ。

 宝条達がてきとうにスキル連発してたら殺せる程度の魔物、そんな魔物の一撃すらも俺にとっては致命傷になりかねない。


 死闘だった。


 前世で培った経験を頼りに攻撃の軌道を予想し、全神経を集中して間合いを読みきり回避する。

 剣の攻撃を剣で受け、僅かな隙に己の一撃を叩き込む。

 一手のミスも許されない。

 気のゆるみなどありはしない。


 ただひたすらに、俺は赤毛のコボルトの一挙手一投足を見極め続けた。


「おお~、やるなぁあいつ」

「頑張ってる……」


 女達が発する雑音も、今の俺には届いてこない。

 俺の耳に聞こえてくるのは赤きコボルトの息遣いだけ。


 懐かしい感覚だった。

 懐かしいという感情すらもその時は気付きはしなかった。

 今、俺はようやく俺自身の体を手に入れていたのだ。


 最初のコボルト戦では感覚のずれがあった。

 攻撃の軌道を読み切りながら、あれだけのダメージを受けてしまったのは前世での経験、レベル10越えの高ステータスキャラクターとレベル1の低ステータスキャラクター、その差が、感覚のずれとなり、精彩を欠いた結果によるものだ。

 特にキャラクターの運動能力に強く影響する『俊敏』の値の違いは大きい。


 だが俺は、この事実上の二戦目にして感覚の修正に成功していた。


 確かに前世で操っていたキャラクターと違い『俊敏』の値が低い分だけ、動きそのものの速度は低下してしまっている。

 それはこのゲーム、この世界のシステム上どうしようもない事。

 しかし、動きが鈍くなったのなら、なったなりの戦い方というものがある。


 それが出来るだけの『経験』が俺には既にあった。


 斬り続ける、赤毛のコボルトの肉体を。

 受け、かわし続ける、赤毛のコボルトの攻撃を。


 ただそれだけだ。

 それだけを繰り返し、それだけを俺は感じ続けた。


 まるで世界がたった二人だけの斬り合いの為に存在しているかのような感覚。

 今の俺達には言葉すらも必要なかった。


――俺達は言葉を交わすように、斬り合うんだな。


 最善を尽くした。

 培ってきたもの、今ある全てをぶつけ戦った。


 しかしそれでもまだ『勝利』に届く事はかなわなかった。


「くっ!!」


 レベル1、ある種の限界。


 ステータス上の、世界のシステムという決まりが生んだ『偶然であり必然の一撃』が俺の肉体を切り刻む。

 凌ぎ続けた先に積み重なっていくダメージ。

 肉を切らせ続けた結果、相手の骨よりも先に、己の骨が断たれようとしている。


「くそっ……」


 積み重なったダメージが疲労となり、動きを鈍らせていく。

 それがさらなるダメージを生む悪循環。


「負けるわけには……、いかない」


 その強い思いとは裏腹に、『勝利』よりも早く『敗北』が近付いてくる。


「シネ!!」


 そして敵の必殺の一撃が動きの鈍った俺に命中してしまう。


「ぐあああああっ!!」


 意識が遠退いていく。

 膝から崩れ落ち、手にしていた剣と共に俺は地に転がる。


――負けるのか……。


 敗北を覚悟したその時、地に伏す俺を誰かが呼んだ。


「馬鹿野郎!! 立て、立つんだ!!」


 男の声だった。

 自分の戦いを見守ってくれているはずの女達の声ではなく男の声がした。


「まだやれるだろうが!!」


 闘志の消えかけた俺を奮い立たせようとする男の声がしたのだ。

 その声は震えていた、まるで泣いているかのように。


――いったい誰だ。


 声のする方へと力なき瞳で見上げれば、満身創痍の赤いコボルトが俺を見つめていた。


「そんな……、あんた……」


 驚く俺を見てコボルトは微笑む。


「普通に喋って……」

「ふっ、気にするな。聞こえちゃいねぇよ、俺達の本当の声は、俺達にしか届きゃしない」


 都合の悪い部分は神様の便利な神力によって改変されてしまう。ゲームとしてイロモを楽しむプレイヤー達には赤いコボルトが話す本当の言葉、思いなど届きはしない。

 だが今の俺はもうプレイヤーではない。

 この赤毛のコボルトと同じく、イロモ世界に生きる者。


「嬉しかったぜ、お前の心意気。こんな仕事だ。毎日毎日、死んだような顔で殴りかかってくる奴らばかりの相手をしてんだ、……久々に生きた野郎に会えた気がするよ。……だからよお、諦めてくれるなよ」

「諦める……」

「やれるはずだぜ。お前のHPは、まだ1残ってる!!」

「HPは……、残ってる……」


――そうだ、まだ戦えた。どんなに絶望的でも、敗北が近付いているように見えても、HPが1残ってるのなら、この世界では戦える!!


 剣を手に立ち上がろうと力を振り絞る俺に彼は言う。


「こいよ!! 俺がプレイヤーを襲う魔物『赤毛のコボルト』であるように、お前はプレイヤーを守る為のNPC『ギルドガーディアン』だろうが!! 仲間を守ってみせろ!!」


 立ち上がった俺はただがむしゃらに、過去の経験やつまらない計算など関係なしに、今ある思いだけを乗せて強く剣を振る。

 赤いコボルトが放つカウンター攻撃もおかまいなしに。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 その一撃が決まった事ではない。その一撃を放った事が運命を大きく変えたのだ。


「やれば出来るじゃねぇか……」


 二人の戦いに決着がつく。

 そしてその時、立っていたのは赤毛のコボルトではなく、俺だった。


――うおおおおおおお、勝ったぞおおおお!!


 己の勝利に心の中で絶叫した。いや勝利した事だけではない、もっと違う何かが俺を昂らせていたのだ。

 それでも声はでなかった。

 最高の結果に声が出ぬほどの全力、死力を尽くしていたのだから……。


――ああ、そうだ。


 戦い終えた俺が思い浮かべたのは三人の少女達。

 リリナ、ライナ、ポム。

 彼女達はこの熱い戦いに何を思うのだろうか。


 俺は戦いを済ませた男の顔で三人の方へと顔を向ける。


「今日はねぇ、ハンバーグだよ」

「ハンバーグか、美味いよな」

「私はカレー……」

「カレーかぁ、それもいいな」


 見てないんかあああい!!

 人が一生懸命戦ってたのに、何晩飯の話しとんじゃあああい!!


「あっ、終わってんじゃん」


 お喋りに夢中だった三人娘のうち、俺達の死闘の終わりに最初に気がついたのは宝条だった。

 洗濯機もう止まってんじゃん的なノリでこちらを見た彼女は言う。


「おお、すげぇすげぇ。まじでレベル1で勝っちゃったよ」


 なんとも嬉しくないお褒めのお言葉。


「やっぱり強いのかも……、雇って正解だった……」


 ポム嬢の方は俺の勝利を喜んでいるというより、自分の買い物が失敗ではなかったかもしれないという事の方を喜んでるようにしかみえない。


「すごいですイージスさん!! 本当にレベル1で倒しちゃうなんて!!」


 姫岸さんは素直に感心してくれてるようだが、さっきまで今日の晩御飯トークを繰り広げていた事を知っている俺は、愛しの人に褒められて嬉しいというより、虚しいという感情の方が優っていた。

 続けて彼女は言う。


「お強いんですね。私達が助けに入るまでもなかったです」


 いや普通に死にかけてましたけど、めちゃくちゃピンチだったんですけど。

 あなた危なくなったら助けてくれるとか言ってませんでしたっけ。

 おかしいなぁ僕の気のせいだったのかなぁ。


 そんなふうに温度差というか世界の差を感じている俺に宝条はとんでもない事を言い出す。


「いやぁ、あんまり長く戦ってるからさぁ。晩飯も近いしお前おいて帰ろうかと思ったよ、あはは」


 悪魔だ。この女、悪魔の生まれ変わりに違いない。


「あれ、なんだこのコボルトまだ生きてんじゃん」


 宝条が倒れている赤毛のコボルトに近付き言った。

 よく見れば気を失い瀕死の重傷ではあるが、確かにまだ息をしているではないか。


「とっとと止め刺しちゃいなよ」


 宝条に言われ、俺はさきほどまで死闘を繰り広げていたコボルトに最後の一撃を加えようとする……が。


「それは出来ない……」


 俺には出来なかった、あれほどの戦いを、思いをぶつけ合った男に止めを刺すなど。

 たしかに彼は魔物だ。魔物役なのだ。

 ここで止めを刺してやる事こそが、正しい振る舞いなのかもしれない。

 それでも……、久しぶりの全力バトルに満足気な表情を浮かべている彼を見て、止めを刺す気などなれなかった。


「こんな安らかな顔してるんだ。止めを刺す必要なんてないさ」


 俺の言葉に。


「イージスさん……、優しいんですね」


 と姫岸さんあたりは言ってくれたのだが。


「いやいやいや、止め刺せよ。倒さないと報酬貰えないから」


 宝条は容赦なく殺しを要求してくる。

 まったく恐ろしい女だ。


「出来ませんよ。見てくださいよ、この彼の顔。……きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ。魔物なんだぜ。これで」

「いや綺麗どころか毛むくじゃらだから。ウソも糞もないから。ただの魔物だから。こいつ討伐するお仕事だからね」

「鬼!! 悪魔!! ひとでなし!!」

「ああもう。めんどくせぇ、お前がやらないならあたしがやってやるよ」


 俺の抵抗に痺れを切らした宝条は、そう言うなり無防備な赤毛のコボルトへ剣を振り下ろした。


「赤毛のコボルトさあああああん!!」


 洞窟内に俺の慟哭が木霊する。


 何だかよくわからないまま貰い泣きする姫岸さんに、何だこのNPCと怪訝な目をしているポム嬢に、馬鹿じゃねぇのと蔑む宝条。



――赤毛のコボルト、あんたは間違いなく、生まれ変わった俺の最初の『強敵』だった。『強敵』と書いて『とも』。忘れはしないだろう。



 ちなみに後日、宝条達に連れられて再びこの洞窟を訪れる事となった俺は赤毛のコボルトとあっさり再会する。

 そして先日とは違い、赤毛のコボルトは宝条のごり押し戦法で何の感慨もなく倒されてしまうのであったとさ……。

 無常だ。

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