トーマ山
取引を終えた帰り道、宝条のやつは非常に上機嫌であった。
なにせトラブルを避けようと当初の情報料十万ゴールドすら諦めていた俺達とは違い、彼女は強気の交渉で倍額以上、二十五万ゴールドもの大金をゲットする大仕事をやってのけたところであったからだ。
その己の成果を誇るように宝条は言う。
「なっ上手くいったろ。なにも心配するようなことはないんだって」
「けどあのトミタロウってお坊ちゃん、かなり怒ってたみたいだよ。めっちゃ睨んできてたし」
俺の指摘にも彼女はまるで気にする様子なく言い切る。
「自分のメイドにすら頭があがらないような奴だったじゃん。何もできないって」
「まぁメイド長のシオンさんはしっかりした人っぽいし……、ああいう人がいるならあまり無茶なことはしてこれないかもしれないけど……」
「そうそう。それに現実世界では大金持ちのお坊ちゃんかもしれないけどさ。こっちじゃ、あいつもしょせんいちイロモプレイヤーにすぎないわけだろ。ビビりすぎることはないって」
たしかにイロモ世界では現実社会ほどに『四友』の名が効くわけではないだろう。
プレイヤーとしては財閥のお坊ちゃまトミタロウより、巨人殺しのシラハの方がよほど有名で影響力もあるに違いない。
だがそうは言っても、二つの世界はプレイヤー達にとって完全に切り離せるものではないし、まして彼らはこのイロモ世界においても多額の情報料をポンと出せたり、シルバードレイクを乱獲しちゃったりするだけの実力はある集団。
こちらも多少なりと有力プレイヤーと繋がりを持っているとはいえ、まだまだ弱小ギルドにすぎない俺達『ナナム』が軽視していい相手ではないだろう。
――う~む。
トミタロウからすでに金は受け取ってしまった。
今さらどうこうできるものでもないが、かといってやはりこの成果を手放しで喜ぶことはできない。
――考えすぎなのかなぁ……。
ひどく楽観的に笑顔を浮かべてる宝条の隣りで俺の表情を曇り気味であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トミタロウ達との取引の翌日。
「イージス……、昨日頼まれてたことだけど……」
ログインしてきたポム嬢からそう話かけられる俺。
いったい何を彼女に頼んでいたのか、それは……。
「ああ、それでどうだった?」
「うん……、お兄ちゃん知ってるってシオンさん達のこと……」
「やっぱりそうか」
彼女にはトミタロウ達について本当に何も情報がないか再度確認してもらっていたのだ。
なにせ相手は四友財閥の御曹司、シルバードレイクを乱獲するだけの実力はある集団。
いろいろと情報が入ってきやすかったであろうシラハさんの耳に、そんな集団の情報が全く届いてないとは思えなかったからだ。
恐らくエレイアという名前に覚えがなかったのは、彼女がトミタロウに仕えるメイドの一人にすぎないからであり、トミタロウという名前やプレイヤーとして相当な実力であろうシオンさんの名前を出せば彼の反応も変わるんじゃないかという読みがあった。
そして、俺のその読みは当たっていた。
ポム嬢が兄君から聞きだした情報によればトミタロウは『トミタロウ騎士団』という自己顕示欲まるだしのストレートにダサい名前のギルドを設立して活動しているのだという。
ギルド員は基本トミタロウのリアル使用人達で、まれに現実世界とは関係のないメンバーも加入したりすることもあるそうだが、彼のわがままっぷりについていけずすぐに辞めていくらしい。
そして『トミタロウ騎士団』には本拠となるギルドハウスはイーゴス外にいちおう存在してるものの、彼らはとくに活動拠点を定めずイロモ世界を流浪しながら冒険を続けており、ギルドマスターのあの性格もあってか各街々でトラブルを起こすことは珍しくなく、悪い意味でも有名になってる集団とのことだった。
そんな集団のギルドマスターに俺達は悪意を持たれたわけだが……。
シラハさん曰く、新魔法の噂を聞きつけてコソカナの街に一時的に滞在しているだけだろうから、しばらくすれば他の街に移っていくだろう。
ブレーキ役のシオンさんもいるのでそう心配しなくてもいいんじゃないかとの話だった。
「本当に何事もなく他の街に移ってくれるといいけどなぁ」
「うん……」
そんな感じでポム嬢と話していると姫岸さんや宝条の二人もイロモ世界へとログインしてくる。
トミタロウという懸念はあるものの、それに気を取られてばかりでもいられない。
ギルド『ナナム』として俺達は今日も今日とてクエスト消化に励まねばならない。
というわけで、いつもの酒場『赤い宝石亭』へと移動した俺達は掲示板に並べられたクエストを眺めていた。
やがてそのうちの一つを指し示して宝条が言う。
「おお!! これ、いいんじゃないか!?」
「どれどれ」
彼女が見つけたのはトーマ山でポーションの材料となる希少な薬草『ポーシル草』を採取せよという内容のクエストだった。
注目すべきは報酬金のその高額さ。なんといつもこなしてるクエストに比べて五倍近い5000ゴールドもの大金が記載されていたのだ。
「5000ゴールドも……」
「でもやっぱり、それだけ難しいクエストなんじゃ?」
高額の報酬に素直に驚くポム嬢とクエストの難度の方を心配する姫岸さん。
俺達はこれまで一度もトーマ山には行ったことがなく、彼女はどんなモンスターがそこで出てくるのかを知らない。
それゆえの当然の懸念ではあったが、俺の考えは少々違う。
「いや、そうでもないと思うよ。トーマ山には行ったことないけどさ、ほら……」
どうしてそんな事が言えるのかと不思議そうな表情を浮かべる三人娘達に俺は張り出されるクエストの中から新たに一枚をはぎとって見せた。
そこに書かれていた文字を宝条が読み上げる。
「トーマ山に生息する『スパイクブル』を五体討伐し、その角を納品せよ。これがどうしたってんだ?」
「つまりさ、トーマ山にはスパイクブルってモンスターが出現するってわけだけど、スパイクブルのことなら俺もよく知ってる」
「たいしたことないモンスターなのか?」
「うん。今の俺達でも十分に倒せる相手だよ。で、他にも受けることはなかったけどトーマ山に関するクエストをこれまで何度か目にしたことがあったのを覚えてる。そこで討伐指定されてるような標的はやっぱり似たようなレベルのモンスターだった。つまり、トーマ山自体は俺達だけでも十分攻略可能なエリアってこと」
俺の推論に『おお』と姫岸さん達は感心の声をあげた。
「言われてみればそうかも……」
「トーマ山に限らず、行ったことない場所でもこうやって他のクエストから推察すれば、そのエリアのだいたいの難度は想像つくもんだよ」
「たしかにそうですね。イージスさんすごいです!!」
「まっ基本的なテクだね」
ポム嬢や姫岸さんは俺が披露するプチテクニックに素直に反応してくれるが、宝条は違う。
「んな面倒なことしなくても、シラハさんに連絡入れて情報もらう方が簡単で確実だろうけどな」
「それはそうだけど……、毎度毎度シラハさんに聞くのも悪いでしょ」
「んじゃ酒場のオヤジに聞けばいいよ。探偵ごっこみたいな真似しなくてもある程度は教えてくれるわけだし」
――ぐぬぬ。
酒場の店主はクエストの受注業務をこなしてるだけあってそれなりの情報通だ。
主なクエスト先でどの程度のモンスターが出てくるかの情報は持っており、クエストの難度を判断してくれる。
もちろん精度に粗はあるが、情報の限られる初心者の頃などは彼に判断を仰いで最終的なクエスト受注の有無を決めることも多い。
というわけで、宝条の言うことは大変ごもっともなことではあるのだが……。
俺が真っ先に思うことはただ一つ。
――なんて可愛げのない女なんだ!!
まあ宝条に可愛げがないのはいつものことだけどね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局俺達は報酬額の大きなポーシル草探しのクエストを受ける事にして、コソカナの街を出発した。
向かう先はもちろんトーマ山である。
そして道中、山の中と、出現するモンスターは想定の範囲内の強さであり、戦闘では大きな苦戦もなく進むことが出来た。
そう戦闘においては……。
「ん~、ないなぁ」
「見つからないですね」
モンスター相手に苦戦することはなくても、肝心の目的物である薬草が見つからない。
皆で草木をわけて探し回るが、誰も見つけることができなかったのである。
「ちっ、楽勝なクエかと思ったのになぁ。やっぱ報酬が報酬だし、そういうわけにもいかないか」
「そうかも……」
クエストの依頼書にはトーマ山の中腹を探せば見つかるとの情報も記載されており、さらには精細な絵も描かれていた。
ポーシル草は特徴的な姿をしており、そのことから見落とすこともなく、意外に簡単に見つかるのではないかと期待もしていたのだが……。
現実は甘くはなかった。
さすが報酬5000ゴールドのクエスト。
成果なく時間だけが過ぎていってしまう。
そうして半ば諦めかけていた時のことだった。
「イージスさん」
姫岸さんが俺の肩を叩く。
「あの、あっちに……」
「あっち? 薬草見つけたの?」
「そうじゃなくてモンスターが……」
そう言って彼女が案内する方へと皆で移動してみれば、そこには角を生やした凶悪な暴れ牛『スパイクブル』の群れの姿があった。
「スパイクブルだ」
「はい。どうします?」
俺達が受注したトーマ山のクエストは薬草探しだけではない。スパイクブルの角を納品するクエストもあった。
このまま薬草探しが空振りに終わる可能性があることも考えれば、是非とも目の前のスパイクブル達だけでも倒して角を集めておきたいところ。
「先に角だけでもゲットしておきたいところだけど、でも少し数が多いな、このまま戦うのはまずいかも」
俺が彼我の戦力を計算してそう言うと、傍らに立っていた宝条がある事に気付く。
「おいイージス、あれ」
「ん? あっ」
彼女が指差すのはスパイクブルの群れの先の一点。
そこには遠目でもわかる異質な物体が……、クエストの目的物である白い薬草『ポーシル草』が生えていたのだ。
「ポーシル草だ!!」
まさかの発見に一同のテンションが一瞬にして上昇するが、喜んでばかりもいられない。
目の前のスパイクブル達をどうにかしないと肝心の物をゲットできないのだから……。
5000ゴールドの薬草の前で呑気に草を食むモンスター達を眺めながら姫岸さん達が言う。
「どうしますか?」
「どうするもなにもさっさと倒すしかないだろ」
「急がないとポーシル草まで食べられるかも……」
スパイクブルと戦ったことのない三人にこの場の判断を任すわけにはいかない。
はやる気持ちを抑えながら俺は彼女らに言う。
「いくらスパイクブルが相手でもこの数を真正面からやりあうのはマズい。今から作戦を伝えるから、みんなその通りに動いて」
スパイクブルは直情的であまり頭の良いモンスターではない。
奴らの習性を利用するシンプルな戦術で十分対処できるだろう。
俺は思いついた作戦を伝えると、姫岸さん達からひとり離れてスパイクブル達を挟み込むよう位置についた。
そしてタイミングを計り……。
「今だ!!」
草木の陰から飛び出す。
同時に、拾っておいた小石をスパイクブルめがけて投げつける。
――ウモォー!!
小石をぶつけられた暴れ牛は怒るように鳴き声をあげた。
その鳴き声に他の仲間も反応、視線を俺へと集中させる。
その直後。
――ドーン!!
爆発音が俺とは真逆の位置で発生する。
炎の魔法攻撃が後方のスパイクブルに直撃した音だった。
同時にポム嬢が事前に召喚していたウィスプが姫岸さん達側から登場する。
完全に挟む位置どりに立つ俺とウィスプに、怒れる暴れ牛たちは……。
――ウモォー!!
群れを二手に分けて襲い掛かってきた。
「よしっ」
狙い通りにスパイクブル達が動いたのを確認して、俺は急いでその場から移動を開始する。
後を追ってくる暴れ牛の数はこちらが先に動いただけあってウィスプ側に向かった数よりもいくらか多い。
だが問題はない。
もとから相手するつもりはないのだから……。
猪突猛進に襲ってくるスパイクブルの足は直線的な動きに関しては速いが、小回りが利かない。
山道なら十分に距離を保って逃げることができた。
――そろそろいいか。
ある程度距離を稼げたと判断したところで俺はメルフォーネの力を発動し転移する。
そうして俺は一瞬にして目標を失い途惑っているであろうスパイクブル達を残して、姫岸さん達の方へと合流を果たす。
「遅いっつうの!!」
転移するなり飛んでくるのは宝条の罵声。
彼女らはウィスプで釣り出したスパイクブル達を相手に戦闘の真っ最中だった。
俺は急いでその援護に加わりながら宝条に問う。
「数は?」
「足りてるよ!!」
何が足りているのか。
それはクエスト達成に必要なスパイクブルの数だ。
集めるべき角の数は五つ。
それ以上の数のスパイクブルを相手にする必要はない。
つまりこの場にスパイクブルが五頭以上いればそれでオーケー。
俺が囮となって釣り出した分の奴らとは戦わずに済む。
そしてこの場には全部で七頭、角を集めるのに十分な数のスパイクブルがいた。
――よし、完璧だな。
「うりゃっ!!」
「はぁっ!!」
俺と宝条は互いの位置取りに注意しながら、突進してくる暴れ牛達をかわし、その合間合間にこちらの攻撃を叩き込んでいく。
ダメージ量は伸びづらい戦い方だが、スパイクブルの突進の威力を侮ってはいけない。
数も考えれば、今の俺達が奴らと足を止めて戦うのは危険だった。
とはいえ、戦い方が消極的になりすぎればスパイクブル達の狙いが援護役のポム嬢や姫岸さん達の方へと向いてしまう恐れがある。
それを防ぐ為にも攻撃と回避、上手くバランスを保ち敵の狙いをこちらにひきつけ続けて戦う、いわゆる『ヘイト管理』ってやつが重要だった。
「させるかっ!!」
「ライナ!! 後ろ!!」
「わかってるって!!」
宝条の奴もずいぶんと成長したもんだ、とその戦いを見ながら感心する俺。
前の彼女ならこういった戦闘では焦れて無謀な攻撃にでてしまうことも多かったが、それがずいぶんと減った。
しっかり耐えるとこは耐え、でるとこはでる。
その判断が良くなっている。
成長の証だ。
――ふっふっふ、俺の日頃の指導のおかげかな。
四人とウィスプで力を合わせて戦うことしばらく……。
「とぉりゃっ!!」
暴れ牛最後の一頭を宝条が仕留めて、戦闘は終了した。
多少時間はかかったが、死者なしの完勝だった。
倒したスパイクブルの角を回収し終えてポム嬢が言う。
「あとはポーシル草を回収するだけ……」
トーマ山での本来の目的は薬草の採取。
角集めはついでのクエストにすぎない。
「最初にイージスさんの方に向かったスパイクブルたちが戻ってきてないといいですけど……」
ポーシル草の発見地点に向かう前に心配そうに言う姫岸さん。
たしかに二手に分けたスパイクブル達の内、もう半分の戦力は無傷で残っている。
奴らとの連戦を覚悟しておく必要はあった。
「ちょっと時間食ったからなぁ、その可能性はあるかも」
「その時はまた倒せばいいだけだろ。こいつら倒すのも楽勝だったしな」
宝条の言う通り既に半分近い戦力を削いでる点で連戦といえど、過剰に警戒するような相手ではないことは確かだった。
だがそれでも、安全を重視するならやはり戦闘をしないに越した事はない。
「うん。まぁとにかく戦うにしても戦わないにしても、発見地点に急ごう」




